Running and Thinking 松本唯人ブログ

12歳から一人旅を始め、日本全国・海外20数カ国を旅した松本唯人(23)のブログ。台湾自転車旅やイスラエル、キューバ旅など、旅先での情報や日本人留学生のインタビュー記事を不定期で更新しています。近況はinstagram(@yuito.mtmt)で更新中。普段は株式会社TABI LABOでライターとして働いています。

大学時代#3アメリカ編「ゲーテッドコミュニティ」

 

 

 中学卒業までに8ヶ国を旅しました。ドイツ、フランス、スペイン、デンマーク…と、その多くがヨーロッパの国々でした。

 それだけが理由ではありませんが、昔から「西洋文化」というとアメリカ文化よりもヨーロッパ文化がパッと思い浮かびました。それに、とても早い時間の流れで移り変わっていく軽やかなアメリカの流行よりも(『めざましテレビ』でよく紹介されている)、歴史の教科書で目にするような中世の建物やお城といった時間の流れと共に生き続けてきた欧州の街並みの方が(『世界の車窓から』でよく紹介されている)、「文化」というどこか重々しそうな言葉にピッタリだなと感じていました。

 中学生の頃から、大学卒業までにはアメリカ本土に行ってみたいなと思っていました(とても漠然と思っていた気がします)。僕のアメリカへのイメージはマック(関西ではマクド)やケンタッキーなどの「大量生産大量消費」で細かい事には目を向けない大柄な感じだったし、ハリウッドスターたちが手にすればすぐにトレンドとなるLAふぁっしょん(よく分からない)やどの過程で材料費が高くなるのか見当がつかない最先端ポップコーン(原宿にありそうなお店)といった、とても固定的なものでした。

 アメリカへのイメージが、とても固定的だったからこそ、実際に行って確かめてみたいなと強く思っていました。だけど、こんなにも早くアメリカへ行く事になるとは予定していませんでした(大学1年の夏は友達と「ウェーイ」とか言って遊びまわる予定でした)。

 

 では、今日からアメリカ編のスタートです。Let’s Go!!

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*アメリカの滞在で最も大変だったのは「食」です。玄米とみそ汁が恋しい毎日でした

 

 

  • どうしてアメリカへ行ったのか

 大学1年生の夏休み(2014年)に2か月間アメリカへ行きました。目的は、短期留学と一人旅のふたつでした。前半の1か月間は短期留学として英語を学び(アメリカ的なオーバーリアクションを学び)、後半の1か月間は好きなように北米大陸を旅しました。

 この2か月間の気ままなアメリカ滞在は、社会で起こる出来事と自分自身の旅の在り方に目を向けるようになったキッカケになったように思います。

 

 

  • UC Davis(カリフォルニア大学デービス校)

 せっかく行くなら、語学プラスαを学べる場所が良いなと思い、カリフォルニアにあるデービスに行きたいと思いました。デービスはポートランドと同様に、アメリカ国内で自転車交通を始めとする公共交通政策が発達している街です。運よく、通っている大学がカリフォルニア大学デービス校と提携していたので、そのプログラムに応募しようとしたのですが、僕がアメリカでの短期留学を決定した頃(5月頃)は、すでに大学の短期留学プログラムの申し込みは終わっていました(何事も早めの決断と行動が必要みたいです)。

 仕方なく、個人的にネットで調べていると「デービスの語学学校的な施設のホームページ」を見つけました(英語表記だったので、よくわかりませんでした)。大学で知り合った帰国子女のスーパーイングリッシュウーマンたちの手助けもあり、そのホームページから申し込めばデービスで英語を学べるという事が判明し、申し込み手続きを始めていきました(助けてくれた友達にとても感謝しています)。

 

 というわけで、アメリカの西海岸へ出発です。

 

 

 語学学校に通う、1か月間はホームステイを選びました。ホストファミリーは、定年退職を迎え悠々自適に生活している(僕にはそう見えた)黒人の夫婦でした。家は、デービスの語学学校までバスで1時間(バス停まで車で1時間弱)もかかるウェストサクラメントという場所のさらに郊外にありました(人生で最も長い通学路でした)。

 夫婦は、いわゆるホワイトカラーで社会階層が高く(家の大きさやホストファザーの学歴、家具などから考えるとそんな感じだった)プロテスタントを信仰していました。

 

  今振り返ると、面白い体験だったなと思う事があります。それは、ステイ先がゲーテッドコミュニティだったという点です。ゲーテッドコミュニティとは、周囲を高い柵(壁)で囲い出入り口にはゲートが設けられて警備員が出入りを監視している住宅街のことで、治安などの面から所得の高い人たちが、お金で安全性を確保しているような所です。

 当時は、「社会学科の教授がゲーテッドコミュニティがなんとかって言ってたなぁ」とか「ココがゲーテッド~かぁ。どの家もお金持ちそうだなぁ」などと思い、日本ではあまり目にすることのない住宅地の在り方について不思議に思っていました(最も不思議だったのは、深刻な水不足といわれているにも関わらず、毎朝どの家庭でもスプリンクラーが大量の水を芝生のお庭にまき散らしていた事です。彼らの庭への愛着については今もなおよくわかりません)。

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*ホームステイ先の近所の公園。ここでも毎朝、大量の水を消費しています

 

 

  • 目に見える格差

 アメリカでの体験を振り返ると、所々に目に見える(あきらかな)格差がアメリカの社会にはあったように思います(たった2か月間の滞在でしたが、そう感じました)。

 ゲーテッドコミュニティもそのひとつです。たしかに、出入りする人たちが監視されていて怪しい(怪しそうな)人は、警備員に止められるシステムは、そこに住む人たち(僕)にとっては安全が確保されていて安心感はあります。ですが、住宅街の周囲に柵(壁)が建っているという物理的な事象は、柵の外に住んでいる人たちにとっては決して愉快ではありません(仮に、僕が外の住人だったら、柵によって隔てられている感覚は不愉快とは言わないまでも、違和感を得ます)。

 僕がイメージしていた、ゴージャスでミーハーなアメリカ文化が存在する一方で、このような、上手く言葉では言い表せられないけれど、明らかに目に見えて存在する格差(僕が滞在していたゲーテッドコミュニティの場合は、所得格差が目に見える形となって実体化していた)を感じ、アメリカ社会に違和感を得ると同時に「格差」について深く考えた事のなかった自分自身への疑問も生まれました(この時の漠然とした違和感は、昨年の米大統領選におけるトランプ支持者が語る不満を聞いた時に、具体的に現実と重なった気がします)。

 アメリカでの滞在では、こういった身の回りで実体化している格差を感じる機会が多かったように思います。

 

 

 今、2516字。大学のレポートではこんなに書けないのに、自分の事になるとスルスルと書いてしまうようです。これ以上書くと、お互いに疲れてしまいそうなので、続きは次回にしましょう。

 

 僕はゲーテッドコミュニティで囲われるために渡米したわけではありません。次回は、語学学校に登校してみましょう。ワクワク・ウキウキ・ルンルンルンで登校するわけですが、登校初日に、驚愕の事実を知らされることになります(オチの弱い深夜ドラマみたいな次回予告ですが、個人的にはホントに驚きました)。