僕のキーワード その2「旅」の始まり

 

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*今朝のランニング風景

 

 運命的な出会いは、何度訪れるのでしょうか。直感的にビビっとくる相手と出会う事ができたら、毎日がキラキラと輝き始めるのかもしれません。

 「大学時代、運命的な出会いはありましたか?」。こんな気障(きざ)な質問をする面接官がいるのか分からないけれど、もし聞かれたら答えは準備できています。

 

社会学と出会いました!!」

 

 僕は、大学で社会学を専攻している。もちろん、大学院で研究を志すほどに精通しているわけではないけれど、高校時代まで知らなかった社会学に触れた事は、物事の考え方が多面的になった大きなきっかけになったと思う(高校時代までは、乏しすぎるほどに一方向的な考え方しかできなかった)。

 社会学系を専攻している学生が最も恐れる質問がある。「社会学って何?」。コレだ。教授に質問しても、「うーん、一言では言えませんねぇ」と返ってくるくらいだから、学生が社会学の説明に困るのも仕方ないのかもしれない。

 ピーター・バーガーという、アメリカの社会学者が、社会学的好奇心の在り方についてこう言っています。

 

 

社会学者とは、アカデミックな肩書がなければ、ゴシップに熱中してしまうに違いない人であり、鍵穴をのぞき、他人の手紙を読み、引き出しを開けようと心をそそられてしまう人物に過ぎない」(ピーターバーガー『社会学への招待』1963)

 

 

 社会学(者)は、公式的見解の背後にある構造に興味を持つらしい。つまり、当たり前とされている事を疑う学問なのだと思う(多くの社会学科生が色んな場面でこう説明しているのではないかと、勝手に思っている)。

 生まれてから18年間も、当たり前の事に従順だった(つもりだ)僕にとっては、社会学を知ったのはまさに「運命的な出会い」だったと思っている。「当たり前を疑う」。こんなにも面白くてワクワクする考え方を知り、毎日の生活が飛躍的に楽しくなったと思う。

 

 

 

 さて、僕には「旅」「教育」「社会問題」という3つのキーワードがあり、中でも「旅」が全てのキーワードの原点になっているというのは前回説明しました。では、「旅」のきっかけは何だったのでしょう。

 

 

 

「唯人、明日は学校を休みなさい」

 

 小学校3年生の時に、父に突然言われました。太陽サンサン、太平洋真っ青という、南国・宮崎で生まれ育ち、毎日河原で走り回り、年中半袖短パンだった(クラスに一人はいたよね?)僕は、何の疑いもなく「うん、休む!」と言って、父の甘い言葉(文面上は)を素直に受け入れました。

 しかし、学校を休みなさいという父の「公式的見解」の背後には、日本に義務教育を設置し発展させてくれた人々も口が開いてふさがらないような、独自の教育方針(裏の構造)があったようです。

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*南国・宮崎の真っ青な海

 

  • 学校を休み、父の手伝いで日本全国へ

 その日を境に、僕はちらほらと学校を休むようになりました。1~2週間程度休み、学校へ行き、また休み…の繰り返しでした。何をしていたかと言うと、父と一緒に日本全国を自転車で周りながら、父の講演会を手伝っていました。

 

  • クラスメイトの素朴な疑問

 クラスメイトたちからは「どうして休んでたの?」と、ごく当たり前の質問を受けましたが、父の仕事内容を上手く伝えられなかったし、父は世間のお父さんたちとはズレていて恥ずかしいと思っていたので(中学生の頃に尊敬のまなざしになりました)、ちゃんとした返事はできなかった気がします。友達の理解としては、「松本君の家には少し(かなり)変わったパパがいるらしい」という所で落ち着いたのではないかと思います(当時のクラスメイトのみなさん、どうですか?)。

 

  • 旅が生んだ、好奇心

 父の教育方針は、「旅をさせる」「親がどんな仕事をしているか見せる」でした。毎回、「来週からOOへ行くぞ」と突然告げられ、九州男児頑固一徹父親に対して拒否権なんてなかったので、当時はとても嫌な気分で渋々ついていきました。

 学校や少年野球の公式戦を休まなければいけかったのは、小学生なりにとても辛い気持ちになりましたが、「旅」はとても魅力的に感じていました。北海道から沖縄まで、父が講演会を行う多くの小学校で1日体験入学をしたり(彼らは今何をしているのだろう)、スーツ姿のかしこまったオジサンたちがいる中で、せっせとお手伝いをする事は普段は体験できないもので面白いなと思っていました。小学生の頃に、様々な社会を見る事への好奇心が生まれたという点では、大学で社会学を専攻する上で少しは役に立っているのかもしれません。

 

 

 「次は一人で旅してみたい」

 

 ある日、父にこう告げていました。「よし、行ってこい」。父は、淡々と返事をしましたが内心はガッツポーズだったと思います。

 時すでに遅し。親子旅を始めて2年が経過し、僕は知らないうちに「旅」に魅了されていました。僕のキーワードの1つである「旅」が、産声を上げた瞬間でした。