読書妄想文

 

 都合の悪いことは忘れた頃にやってきます。国語の先生の「魔のささやき」も、忘れた頃にやってきた覚えがあります。

 

 小学生になってから、高校を卒業するまで、年に2回は国語の先生の一言に杞憂する瞬間がありました。「読書感想文やってきてください」。長期休みの楽しみを思い描く少年の心を打ち砕く、こんなにも破壊力抜群な一言はありません。まるで、身の毛もよだつ「魔のささやき」です(国語の先生、大学受験の時にはとてもお世話になりました。ありがとうございます)。

 

 なぜ読書感想文が嫌いだったのでしょうか。おそらく、文章を読むことが嫌いだった(苦手だった)からだと思います。特に小学生時代は席に着く事自体が苦手で(落ち着きがなく)、そこら中を走り回っていました。僕にとっては、文章を読む行為は我慢大会以外のナニモノでもありませんでした。読むことができないくらいですから、書くことなんてもっとできません(より苦手意識がありました)。だから、まずは本を読まないと書けない読書感想文は、最も苦手な課題で大嫌いでした(目次と最終章の最終段落だけを見て書いた記憶があります。それは感想文ではなく、妄想文です)。 

 

 国語の先生にとって僕の悲惨な文章力と語彙力で書き散らされた読書感想文は、パラ読みする(しっかり読み込まない)作文のひとつだっただろうし、「私の添削の時間を返せ!」と言いたくなる(たぶん、そう言いながら添削していたのではなでしょうか)質の悪さだったと思います。当時は心の底から、読書感想文を長期休暇に潜む悪魔のように嫌っていたわけですが、大学生になってから「書くこと」についての思いは大きく変わりました。

 

 今では、書くことが好きになったし、もっと上手な文章(自分の気持ちが人に伝わる文章)を書くことができるようになりたいなと思っています。

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  • 高校生だった私への手紙

 2018年度の上智大学の大学案内(社会学科のページ)に、「高校生だった私への手紙」というテーマで僕の作文が記載されました。以下、全文(200字くらい)です。

 

高校生だった私への手紙 松本唯人(4年)

『2013年、故郷・宮崎県で迎える18度目の暑い夏、受験勉強に励む君はどのような大学生活を思い描いているだろうか。目の前のことに精一杯で、将来のことは考える余裕もないといった状況だろう。ある意味で「思考停止」の君へ、未来ニュースを送る。上智大学で初めて出会った「社会学」は、僕が思考と行動を開始するキッカケとなった。「当たり前を疑うこと」から出発する社会学に触れ、僕は日々の疑問を確認するためにさまざまな「社会」へ足を運んだ。今では平和と教育をテーマに、日本全国・海外20ヵ国を自転車で旅し、歴史・貧困・環境問題など、体験から学んだ「知ることの大切さ」を、授業を通して中高生に伝える「放浪大学生」となっている。僕は君が想像しているよりずっと好奇心に満ち、充実した日々を過ごしている。「己を知り、己に克て」。僕が君から受け継いだ座右の銘だ。自分を知り、自らの限界を超えることが目標への第一歩。さて、僕を知った君はどう考え行動するだろうか。「思考開始」は、疑問と発見に満ち溢れた魅力的な未来へと君を導くだろう』

 

 

 「○○は知る由もなかった…」なんてお決まりのセリフがありますが、まさにソレです。パンフレットを手に取った受験生は、こんなにも偉そうで先輩風な文章を書いた張本人(僕)が、就職活動で行き詰っているなんて知る由もないでしょう(これを書いた頃の僕は、就活で困った事になるなんて知る由もなかったのだから)。

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  • 文を書く楽しさ

「大学案内に載せる文章を書いてくれませんか」と尋ねられた時は、なぜ自分なのかと疑問に思ったけれど(残念ながら僕は大学が求める優秀なグローバル人材ではない)、パンフレットという上質な紙に自分の文章を載せてもらえる機会なんてめったにないので(初体験だ)、ワクワクしながら楽しく文章を書いた。

 いつごろから書くことを楽しいと思えるようになったかは定かではないけれど、読むことが好きになった頃から「自分の考えや思いを文章にできたら素敵だろうな」と漠然と思い始めたように思う。

 

  • 小説を読み始めた

 去年の夏から、小説を読むようになりました。それまでは、新書や簡単な専門書みたいなものしか読まなかったのですが、ふとしたキッカケで小説を手に取るようになりました。

 以前アルバイトで勤めていたイタリアンのお店で、常連のお客さんに「小説も読んでみるといいよ」と言われ、薦められた作家の薦められた本を読んでみました(最終的にほぼ全作品を読むことになります)。久しぶりに小説を読んでみたのですが(4年ぶりくらいです)、その作家の文体や文章に取り込まれてしまいました(その小説の主人公は、頻繁にビールとウィスキーを飲むのですが、文章に取り込まれすぎて僕もそれらのお酒が飲めるようになってしまいました)。

 

  • 人を動かす文章って、スゴい

 薦められたものを読んで、この上ない感動(小説、実に面白い)が僕の中で生まれたわけですが、よく言えば素直で純粋、普通に考えると危うい単細胞といった感じでしょうか。

 僕は小説を読んでビールやウィスキーを飲めるようになりました(主人公が飲酒する描写があまりにも美味しそうだった)。つまり、僕自身がその文章に動かされたということになります。その時に「文章の力ってすごいな」と、強く思いました(あまりにも単純すぎるかもしれませんが)。そして、その興奮は「こんな文章を書いてみたいな」や「自分の気持ちを文章で伝えることができたら素敵だな」という思いへと変化していきました。

 

 

 さて、つい先日も新聞社の試験で、小論文の出来が悪くて落ちてしまいました(書く練習を行って再チャレンジしてください、と言われました)。いくら書くことが好きでも、書いた文章が上手いとは限らないというわけです(受験生たちも言っています。お前の文章にはカッコが多すぎる!と)。

 

 とはいえ、好きな事を諦めるわけにはいきません(僕は頑固なのです)。どんな職に就くことができるのかは分かりませんが(「就く」のかも分かりません)、いずれは「書くこと」を仕事としてやりたいなと強く思っています。

 

 良い「未来ニュース」は待っていても届きません。自分の気持ちを書き散らしながら、好奇心たっぷりに動き回っていきたいと思います。