僕のキーワード その4「ドイツの街づくり政策」
*2015年夏・東京~宮崎1500km自転車旅 山口県・錦帯橋(きんたいきょう)
自転車で放浪していると、ふたつのタイプの「泉ピン子的な女性」に遭遇します。ひとつは、奇怪の眼差しを向けあからさまに僕を避けて先を急ごうとするタイプ。もうひとつは、眉間にしわを寄せつつも「あら、お兄ちゃん、どこから来たの!?」と好奇心に耐え切れず声をかけちゃうタイプだ。幸い、圧倒的に後者のような優しい「泉ピン子的な女性」に出会う機会が多かった気がします(彼女たちは決まって、手作りのお守りか飴をくれる)。
旅をしていると、日常生活よりも多くの(場合によっては、かなり多くの)人たちと出会う機会を得る。小学生時代は考えられなかったけれど、今ではSNSの普及で出会った人たちと「繋がる」ことができ(改めて言う必要もないが)、色んなタイミングが合えば、いつかどこかで再会する機会を得ることもできる(一度再会すれば「一生もの」の友達になれる、気がする)。
つまり、人との出会いを通して何かを学んだ気がするのだ。では、何を学んだのでしょうか。それは、僕(たち)にとって大切な事は「人とのコミュニケーション」だということです。
小学生の頃から、せっせと旅をして、様々な人たちとコミュニケーションをとったことによって、無意識のうちに「人とお話をする楽しさや大切さ」を感じていたように思います。
僕に声をかけてくれた日本全国の「泉ピン子的な女性」や東北弁と宮崎弁で会話が嚙み合わなかった山形県のおばあちゃん、岐阜県の小学校で昼休みに僕を強引に蹴り野球に誘ってくれた女の子など、いつしか色んな人とのコミュニケーションは、ゲームキューブやPSPでゲームをするよりも、楽しく好奇心が湧くものになっていました(我が家はゲーム禁止でしたが)。
特に、僕の地元・宮崎市を始め日本の地方都市の、閑散とした中心商店街を見て、「たぶん、この状況(中心商店街という市民のコミュニケーションの場の役割が低下している状況)って悲しい現実なんだろうな」と、漠然と感じていたのではないかと思います。
そのような漠然と感じていた思いが、具体的に「どうやら日本の地方都市って今のままではいけないみたいだ」といった思いに変化した出来事があります。
今日は、初めてドイツを訪れたお話です。
- ドイツってどんな国?
小学校6年生の秋頃から卒業の時期にかけて、学校の図書室でドイツに関する本をひたすら漁っていた記憶があります(図書室に行くなんて珍しい出来事だったので鮮明に覚えている)。卒業後、中学の入学式までの約2週間を使って、ドイツ(とフランス)へ行く予定があった事がきっかけです。
それまで、ほとんど海外へ行った経験はなく「ドイツって何があるのだろう」と純粋な疑問を抱きました。総合学習の授業で、「興味や関心がある事を調べてみよう」という課題があった事もドイツについて調べる良い機会となりました(PCルームでネットも活用しましたが、当時は頻繁に“フリーズ”して作業が中断されたのを覚えています)。
- 初めて見た、フライブルクの街並み
ドイツに飛びましょう。ドイツで、最も印象深かった都市があります。それは、南部に位置するフライブルクという都市です。
フライブルクは、名の知れた環境先進都市で、とても簡単に言うと『路面電車や自転車を活用した車のない「持続可能で魅力的な」街づくり政策』を行っている地方都市です。
つまり、街中に車はなく(中心部の直径約700mの範囲では車の立ち入りが禁止されている。荷下ろしや緊急車両など許可された車は通行可能)、市内には自転車道路と路面電車の公共交通網が広がっているため、子供からお年寄りまでが便利に移動でき中心商店街に人が多く集まるような街づくりがされています(詳しくは、僕のような素人の解説ではなく、専門家の方の本をお読みください)。
「中心商店街に人がいる!日本では見た事ない!」
とても大げさな感想かもしれませんが、平日の昼間にも関わらず、大勢の人(言葉通りの大勢の人々)が中心商店街に溢れている風景を見て、「宮崎(日本の地方都市)も、こんなに楽しい街だったらいいなぁ」と率直に思いました。
フライブルクの街並みを見て、シャッター通りが拡大し閑散としている街よりも、多くの人で溢れ活気のある街に住みたいと思うようになりました。
*フライブルクの中心商店街(平日の昼間の様子)
*村上敦『ドイツのコンパクトシティはなぜ成功するのか』2017 学芸出版社
- モデルケースを知る
フライブルクを訪れるまでは、「日本の地方都市の現状ってなんかダメなんじゃない?」と漠然と思っていましたが、改善策は何なのか、何がダメなのかといった具体的な事はいまいち分かりませんでした。
ですが、フライブルクの街並みを見て地方の街づくり政策のモデルケース(もちろん、容易にマネできるわけではないし、マネすれば良いという訳でもありません)を知る事ができました(1950年代までは、フライブルクも車社会で中心商店街に人が集まらないという、いわゆる「地方都市の問題」を抱えており、それらを克服したという点で、モデルケースという部分だけでなく、なぜ成し遂げる事ができたのかというプロセスも学ぶことができると思います)。
- 街づくりへの関心をどのように生かすか
初めてフライブルクを訪れた事を境に、僕の関心は「街づくり政策」を軸として派生していくようになりました。これまで、4度フライブルクへ行きましたが、何度訪れても「また行きたい」と思うくらいに、この街に魅了されています。
そこで、今後の課題が浮かび上がってきました(書きながら、ふと思いました)。「街づくり政策」という関心を、今後どのように(どのような分野で)生かしていくかという点です。現時点では、街づくり政策や公共交通政策等に特化した学部学科に通っているわけではありません。よって、現実的に考えてその道に精通した「専門家」になるという可能性は極めて低いと考えられます。
では、12歳の頃から抱いている関心をどのように生かせばいいのでしょうか。いくつか思う事があります。
「取材を行い、記事として広める」(専門家と市民を繋ぎ、議論の場を作る役割。記者のような仕事)
「シェアリングエコノミー分野でのバイクシェアやカーシェア、自転車交通推進・普及などといった事業に携わる」(日本で広くは普及していないが、TimesやDOCOMOバイクシェアなどが事業を行っている)
まだまだ熟考する余地がたくさんある考えですが、今のところ「街づくり政策」という関心を生かすのであれば、上記のような関わり方があるのではないかと思っています(現段階では、そう思っています)。
今日で、5回目の更新となりました。これまで、記事を読んでくださった何人かの方々からアドバイスをいただきました。混迷を極めている就活生にとっては、とても勉強になります。ありがとうございます。
先はまだまだ長そうですが、書きながら自分の考えている事を整理していきたいと思います。よろしくお願いします。