僕のキーワード その1

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*今朝のランニング風景

 

 かわいい子には旅をさせよ。まさに、そんな家庭で育ちました。父は、エコロジスト。世界130ヶ国を自転車で旅し、環境問題の講演会活動を行い、日々の生計を立てています(立てているらしいです)。

 僕の趣味や個人的な活動を知っている方は、「唯人くんは、お父さんから大きく影響されているね」と言うかもしれません。疑う余地もなく、その通りだと思います。父からは、お上品で文化的な趣味を受け継ぐ事はできませんでしたが、かわりに「旅体験から学ぶ」というアグレッシブで時に強引な手段を受け継ぎました。色白で愛らしい顔をしていた幼少期の僕が、日に焼けた汗だくの少年に成長してしまったのも、父の影響(責任)かもしれません。

 

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*2011年(中学3年)スペイン・マドリード~モロッコ1000km自転車旅

 

 

 今日は、自己紹介をします。

 

 僕のキーワードは「旅」「教育」「社会問題」の3つだと思います。まず初めに、大学時代にどんな活動を行ってきたかを紹介します。

 「一人旅体験を伝える活動」を行ってきました。一言で表すとこのような表現になりますが、これでは活動における5W1H(「いつ」「どこで」「なにを」「誰が(誰に)」「なぜ」「どのように」)がさっぱり分かりません。

 僕の人となりについて知るには、実際に企業に提出したエントリーシート(ES)が一番分かりやすいかもしれません。では、以下の文章をご覧ください。

 

 

  • 新聞記者を目指すきっかけを教えてください(新聞社・ES)

 12歳から始めた一人旅の体験を伝える活動がキッカケだ。「平和と教育」をテーマに海外20ヶ国・日本全国を自転車で旅した。大阪西成区・一泊300円の宿生活、中国・南京の大学生との交流、ポーランドアウシュヴィッツユダヤ強制収容所への訪問などの体験を通して、見聞きし考えた事を各地で撮影した写真を使って伝える活動を行った。

 大学入学後に始めた、子供食堂や学習支援ボランティアで、子供の貧困問題を目の当たりにした。社会問題の解決には人々が主体的に考え取り組む事が必要だと感じた。自分にできる事は何か。社会問題について「知る場」を作ろうと思い、活動を始めた。

 大学2年生の夏から、地元・宮崎県の中学高校を中心に21か所で「共に伝え、共に考える」をコンセプトに授業を行った。体験と人との交流を通して、「知る」「伝える」「互いに考える」ことに、楽しさを感じた。「伝える仕事をやりたい」と思い、記者を目指すようになった。

 

 

  • あなたのアピールポイントは何ですか?(新聞社・ES)

 「旅費が、足りない」。2か月後、企業2社と18名の個人から協賛を得て旅に出た。主体的な行動力が、私の強みだ。

 2015年の夏、株式会社モンベル宮崎日日新聞社から協賛を得て、ドイツ・チェコポーランドを3週間、西日本を2週間、旅した。目的は、アウシュヴィッツや広島を訪れ、海外と日本の「負の遺産」から平和について考える事。一人旅体験を学校などで伝える事の二つだ。

 歴史を知り、「平和」を考える。「未来」を考える事も必要だと思った。ドイツでは、環境先進都市・フライブルクを訪れた。路面電車や自転車を活用した車のない「持続可能で魅力的な」街づくり政策について、現地の環境ジャーナリストから教えてもらった。帰国後、東京・渋谷から地元・宮崎間1500kmを自転車で旅し、滋賀県と宮崎県の高校で授業を行った。

 体験から物事を考え、発信する。自分にできる事から始めた。目標達成に向けて、妥協せず主体的に取り組む姿勢を活かしたい。

 

 

  ESからの引用なので、とてもゴツゴツした文章ですが、なんとなく僕の人となりの「一部」についてお分かりいただけたと思います。これを読んだ中高時代の友達は、「こんなまともなやつじゃない」「もっとふざけてただろ」と怒り心頭かもしれませんが、僕の高校以前のお話はまた別の機会にするので、大目に見てください。

 

 さて、僕のキーワードは「旅」「教育」「社会問題」と言いました。これらは、ひとつずつが独立してもいますが、混ざり合ってもいるようです。キーワード別で文章を書こうとしましたが、部分的に重なる点が多く、書けませんでした。(これは新しい発見です!)

 この3つのキーワードの原点は何なのでしょうか。おそらく、「旅」の始まりが他の2つのキーワードを生むキッカケになったのではないかと思います。では、旅の始まりはいったい何がキッカケだったのでしょうか。それは、僕が小学校3年生の頃にさかのぼります。

 

 

「唯人、明日は学校を休みなさい」

 

 ある日、父に言われた一言が全ての始まりでした。