【台湾自転車旅2017 DAY11 特別編】 「台湾に進学した、女の子がいるよ」。母の紹介で会ってみたら、「ふつう」の20歳だった/日本人留学生インタビュー×台北・銘傳大学

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「すみません~、遅れました~」

夜市がにぎわい始めた台北の繁華街で、女子大生を待っていた。彼女とは、初対面。「高校卒業後、台湾へ進学」。このフレーズが、僕の中での留学生像を形作っていた。どんなアグレッシブでストイックな子が来るのだろうと身を構えていたら、こちらが拍子抜けをしてしまうほどに穏やかな子がやってきた。少し戸惑いながらも(相手は、久しぶりの自転車旅で目をキラキラさせていた僕に、もっと戸惑っていたかもしれない)、台湾でも日本と変わらぬ心の持ちようで日常を過ごしているような「ふつう」の女子大生について行った。

●日本人留学生インタビュー×銘傳大学

今回の旅では、台北に4日間滞在した。そして、観光の案内役をしてくれたのが、佐々木みどりさん。市内にある、銘傳大学に通う大学2年生だ。同じ宮崎出身で、互いの母親が知り合いということで繋がった彼女に、留学生活についてお話を聞いた。

松本:3日間の台北観光では、お世話になりました!改めて、お話を聞かせてください。

佐々木:はい!よろしくお願いします。

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●台湾を選んだ理由は「住みたい!」

3日間たくさん話したけど、改めて順を追って聞かせてください。しつこくて、すみません(笑)。まずは、台湾留学を決めたキッカケを教えてください。
大丈夫ですよ。たくさん聞いてくださいね(笑)
きっかけ、ですね。私が留学に興味を持ち始めたのは、小学生のころです。父が学生時代にイギリス留学を経験していて、その話をよく聞いていました。なので、昔から「大きくなったら、留学するんだろうな~」と漠然と思っていました。その時は、英語圏のつもりでしたが(笑)

佐々木さんは、高校卒業後すぐに台湾へ進学したわけだけれど、どうして台湾だったの?
「住みたい!」と思ったからです(笑)高校2年生のとき、所属していた吹奏楽部の演奏会で、初めて台湾を訪れました。台湾の文化や人々に触れて、いつか住んでみたいと思うようになりました。それが、「台湾」が留学先の候補になったキッカケですね。

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当時は中国語がさっぱりわからなかったので、ボディランゲージや通訳の人を通して、現地の人とコミュニケーションをとっていました。その体験から、もし中国語を習得して台湾の人たちとお話ができたら、より直接的で深いコミュニケーションがとれて楽しいだろうと思うようになり、中国語をマスターしたいという気持ちが芽生えました。

それで、台湾留学を決めたのですか?
いえ、違います。決め手は、母の一言でした。

●背中を押された、母の一言

高校2年生の時期って、大学のオープンキャンパスに行ったりして、自分の志望校を決めますよね?
はい。僕も関西の大学を中心に、いくつか行きました。結局、1度も行ったことのない大学に進学しましたが(笑)
私は、実家が宮崎ということもあり、福岡の大学を中心にオープンキャンパスへ足を運びました。でも、私にとってはどこもしっくりこなかったんです。血が騒ぐような大学が、国内ではみつかりませんでした。志望校が決まらず、モヤモヤしている。だけど、台湾にはいつか住みたいと何度も言っている。そんな私を見て、母が言ったんです。

「じゃあ、行けば」って。

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衝撃的ですね。
その通り、衝撃的でした。私にとっては、進学先が決まらないことと台湾に住みたいということは、結びついていませんでした。でも、母は「台湾に住みたいなら、向こうの大学に進学すれば良いじゃん」って。その一言で、海外留学への扉が開きました。日本の大学に進学してから留学するのではなく、初めから留学するという選択肢もあるんだというように。突然、高校卒業後の視野が広がった気がしました。そして、その一言をうけて「台湾へ行くんだ」と決意しました。

高校卒業後は、例の予備校に通ったんですか?
そうです。例の予備校です(笑)半年間の予備校生活を経て、銘傳大学ラジオテレビ学科に進学しました。

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*「例の予備校」とは、茨城県にある台湾留学サポートセンターのこと。ここでの生活については、高雄・福井くん嘉義・諸喜田さんのインタビューをご覧ください。

●台湾での大学生活と今後の進路

台湾で始まった大学生活は、いかがですか?
化粧、はじめました!(笑)高校時代は校則で禁止されていたので、お勉強中です。

化粧ですか、まさかそんなポップな返事が来るとは思いませんでした(笑)。佐々木さんって、留学生のイメージを壊すほどに「ふつう」の女子大生というところが良いですよね。僕の友達にも留学経験者が多いのですが、彼女たちはとても強い(笑)。

それ、よく言われるんです(笑)
「留学だ!決戦だ!!」みたいな海外留学への強い思いと気合いがあり、彼女たちと話していると、日々を生き抜く力を与えてもらっている気になります。そんなイメージができあがってるからこそ、佐々木さんは新鮮なタイプです。日本での生活と台湾での生活の間に、境界線を引くことなく、日本の延長線上に台湾での日常がある感じがします。
私としては、留学だからといって、あまり気負う必要はないのかなと思っています。それに、日本や台湾とか関係なく、私にとっては初めての大学生活なので、肩に力を入れることなく楽しもうと思っているんです。

そんな楽しい大学生活も、半分が過ぎようとしています。残り2年間でやっておきたいことはありますか?
短期でも良いので、英語圏に留学したいと思っています。1年生のころは、中国語での授業はほとんど聞き取れなかったし、会話も不自由な時がありました。でも今では、ほとんど聞き取れるようになりました。もっと勉強していく必要はありますが、次のステップとして英語学習に力を入れていきたいなと思っています。

所属は、「テレビラジオ学科」。どんな授業を、受けているのですか?
私の専門は「映像制作」なので、授業では制作のノウハウを学んだり、実際に制作したりしています。この前制作したミュージックビデオでは、主演を任されました。最初はとても不安だったのですが、「みんなでひとつの作品をつくりだした」という完成したときの達成感は、うれしかったです。

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映像制作って、クリエイティブ性を求められるイメージがあるのですが、その学科に入って新しく始めたことなどはありますか?
これまで以上に、「海外の人がみる日本」を意識するようになりました。
それは、面白い視点ですね。海外の人からみた日本なんて、考えたこともありませんでした。具体的には、どんなことをしているのですか?
今年の夏、日本人の友達と京都へ行きました。その時に、台湾人は日本のどんなところに興味があるのだろうと疑問に思ったので、事前に「台湾人が京都へ行ったらやりたそうなこと」を書き出して、実際にやってみました。そして、インスタに写真を投稿して、台湾人の友達の反応を確かめるみたいな。私は、あえて台湾人として日本をみることによって、日本をどのように発信していけば、海外の人たちが興味を持ってくれるのだろうという視点を持つようにしています。

最後に、これから、海外への留学を考えている中高生に一言お願いします。
気負わないでください(笑)

留学は、「大変」「キツい」というイメージがあると思います。でも、ただただ「楽しい」側面もあります。まずはやりたいことを見つけて、それを実現するにはどの場所がベストなのかを考えてみることが大切だと思います。

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プロフィール

佐々木みどり。宮崎出身。高校卒業後、約半年間の中国語予備校生活を経て、銘傳大学ラジオテレビ学科に進学。休日は、友人と写真を撮りに出かけたり、たまに遠出をして、台北やそれ以外の地域に足を運ぶ。ドラマや映画鑑賞が好きで、趣味は、日本のエンタメを追いかけること。卒業後は、台湾のメディアで経験を積んでから、日本を拠点にアジアで仕事をしたいと考えている。

【台湾自転車旅2017 Day10 特別編】沖縄から、台湾へ。「日本ではできない経験」を求めて、台湾留学を始めた女子学生/日本人留学生インタビュー×国立嘉義大学

「友達を、紹介します」
 
宮崎出身という共通点からつながり、台湾自転車旅の初日に台北で初めて会った留学生の佐々木さんから連絡があった。台湾を一周する自転車旅が終わった翌日、佐々木さん1人にインタビューする予定だったのだけれど、急きょ1人増えて日本人留学生2人にお話を聞くことになった。

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「どんな留学生に会えるのだろう」。自転車旅のほどよい疲労感と、新しい人に会える高揚感をたずさえて、集合場所である台北の中心地「中山」へと地下鉄で向かった。
 
 
●日本人留学生インタビュー×国立嘉義大学
 
今回お話を聞くのは、諸喜田真子(しょきた まこ)さん。台湾南部の都市・嘉義にある国立嘉義大学で食品科学を専攻する、大学2年生。タイミングよく、私用で台北に来ていたので、お話をきいた。
 
 
 
松本:はじめまして。「自転車で旅しながら、留学生にインタビューをしている」という怪しげな誘いに食いついてくれて、ありがとうございます(笑)
 
諸喜田:はじめまして。面白そうだったので、誘いにのっちゃいました(笑)。よろしくお願いします。
 
 
●浪人生活を経て、日本ではなく台湾の大学へ進学
 
90分後に嘉義へ帰る電車に乗らなきゃいけないということなので、少し駆け足になりますがよろしくお願いします。まずは、この質問から。台湾留学を決めたのは、どのようなキッカケだったのでしょうか?
 
 
高校卒業後、浪人生活を送っていたころに「このまま当たり前のように、日本の大学に進学して自分は成長できるのだろうか」という疑問が生まれたことがキッカケです。
 
もともと、JICA国際協力機構)などの海外で働くことのできる機関で看護師として働きたいという目標がありました。それにむけて、高校3年生のときは地元にある琉球大学保健学科を受験したのですが、落ちてしまって浪人生活を始めました。
 
 
浪人生活はどれくらい続けたのですか?
 
 
1年間続けました。最終的に、センター試験まで受験しましたが、浪人期間中に「留学しよう」と決めていたので、国内の大学にはあまり関心は向けていませんでした。私にとっては、「海外で働く」ことはとても大きな目標でした。そこで、海外の大学に留学し自分を取り巻く環境を変えることが、国内進学よりも自分の成長につながると思いました。それが、留学を決めた一番の理由です。
 
 
数多くある留学先の中で、どうして「台湾」を選んだのですか?
 
 
英語と中国語を学ぶためです。それと、学費が安い…(笑)
 
 
 
学費、めっちゃ安いですよね。これまでお話を聞いた留学生たち全員が、口をそろえて言っていました(笑)
 
 
●父から送られた3つの「言葉」
 
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中国語の勉強はどのようにされたのですか?
 
 
浪人生活後に、茨城県守屋にある「台湾留学サポートセンター」で約半年間、中国語を猛勉強する予備校生活を始めました。せっかく浪人生活を終えたのに、もっときつい予備校生活の始まりです(笑)
 
 
例の予備校ですね。前回インタビューした、高雄の大学に通う福井くんは「絶対に戻りたくない」と当時の寮生活を振り返っていました。やっぱり、きつかった?
 
 
結構、楽しく過ごしていました(笑)。もちろん、それまで勉強したことのなかった中国語で生活を送るわけですから、自分の思いをうまく伝えることができないといった勉強だけではない「ツラさ」はありましたけど、相部屋や同じ寮になった同級生たちと助け合いながら生活できていたので、楽しく過ごすことができ良い思い出になりました。
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なにより、私は逆境におかれた方が燃えるタイプなんです(笑)予備校生活や台湾での生活など、ツラくてに折れそうになったことは何度もありますが、その状況を乗り越えると「成長できる」と思うと頑張れます。
 
 
ストイックですね(笑)。諸喜田さんの話を聞いていると、厳しい環境を耐え抜いてきた人が持っている特有の「強い意志」みたいなものが垣間見えます。それに、言葉に「重み」を感じます。ツラくて折れそうになったときは、どのように乗り越えているのでしょうか。
 
 
お父さんからもらった「言葉」を思い出します。20歳になったときに、父から「素直」「プラス思考」「勉強」という3つの言葉をもらいました。
 
台湾での生活を始めたころに、日々の勉強や文化・環境に適応することに疲れて父に電話したことがあります。そのとき「3つの言葉を覚えているか?」と聞かれ、覚えていたはずなのに「素直」しか答えられませんでした。そうすると、「思い出せなかったふたつの言葉が、今足りてないことだよ」と言われハッとしました。
 
 
つまり、「プラス思考」と「勉強」が足りていなかったと?
 
 
そういうことです。マイナス思考になって、勉強に手がつかなくなっていました。生活環境が変わって、自分を客観的に見つめることができなくなっていたのだと思います。それ以来、ツラくなったときは父からもらった「言葉」を思い出して、自分に何が足りていないのかを考えて、逆境を乗り越えるようにしています。
 
 
●台湾での大学生活と今後の進路
 
 
台湾で生活を始めて、1年が経過しました。大学生活は、いかがですか?
 
 
勉強に部活と日々忙しく過ごしていますが、とても楽しいです。なにより台湾が、大好きです。
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大学では、ソフトボール部に所属しています。台湾では、人口の多いスポーツではないので男子に混ざってプレーしています(笑)。とはいえ、チームメイトたちは高校や大学から始めた人たちばかり。中学から、しかも日本の「部活」というスパルタな環境でプレーしてきた私の方が「できる」場面も多い…。でも、そこが良いのです。チームメイトの練習のお手伝いやルールの説明など、長年続けてきたスポーツを通して、ささやかであっても私の学んできたことを台湾に還元できると良いなと思っています。
 
 
大学卒業後の進路について、教えてください。
 
 
「海外で働きたい」という気持ちに、変わりはありません。高校を卒業したときは、看護師として働くことを考えていましたが、大学での専攻は「食品科学」です。今では、「食」という分野から国際貢献に関わりたいと思っています。残り2年間の大学生活で、より具体的に考えていきたいです。
 
 
諸喜田さんの話を聞いていると、「2年前の自分」について考えさせられます。当時の僕は、こんなにも自分の将来について言葉にできたのだろうか、と。今回の旅も、自分の言葉で人に伝えることができるといいなと思います。
 
最後に、海外留学について関心のある中高生たちに一言お願いします。
 
 
海外で生活し学ぶことは、「人とは違う経験」が必ずできます。私にとっては、その経験が自分の成長につながっています。ただ、何事も「信念」がないと続きません。何かを諦めそうになっても、そこでさらに自分を追いつめて試練を乗り越えられる信念を持つことが大切だと思うし、いつも自分に言い聞かせています。
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これから海外に留学したいと考えている方、まずは「信念」を持って行動することから始めてみると良いのではないかと思います。
 
11/4 台北・中山にて 
 
【プロフィール】
 諸喜田真子(しょきたまこ)。沖縄出身。高校卒業後、1年間の浪人生活と半年間の中国語予備校生活を経て、国立嘉義大学食品科学学部に進学。大学では、ソフトボール部に所属。休日は、授業の予習復習に部活の練習や試合と忙しく過ごしている。大学卒業後は「海外で働く」ために、まずは日本国内で就職する予定。趣味は、運動や日記をつけることで、好きな言葉は「活到老學到老(習うは、一生)」。

【台湾自転車旅2017 Day9】最後の、180キロメートル

台北の街は、大粒の雨さえも夜景のアクセントとして取り込み、大きくきらめいていた。自転車で一周した台湾島全土を束ねる最大の都市に、僕はもどってきた。f:id:yuitoHitoritabi:20171105172549j:plain

●小雨の台中

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台湾一周「環島(ファンダオ)」の最終日は、小雨だった。これまで天候に恵まれて、快晴の空のもとを走ってきた。「最終日くらいは、雨でも良いか」と自分に言い聞かせながら、真っ暗な午前5時の台中の街を走り去った。


今日の予定は、台中=台北間の180km。距離こそ長くはないけれど、前半の120kmは、新竹の「風の強い地域」といわれている海岸沿いを走るため、大幅なタイムロスを見込んでいた。なんとか、夕暮れ前に到着したい。そんな思いで、新竹を目指した。台中郊外まで走ると、潮の香りをともなった風が、少しだけ吹いてきた。


●新竹までの120キロメートル

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まったく、進まない。出発から、10kmほど走った辺りで、心地よい海風は「そう簡単に、台北までは行かせないよ」と言わんばかりに強い向かい風へと一変した。下り坂でも進まないといった事態に「(笑)」と思いながら、気楽に進んでいった。

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車とバイクでごったがえし、日系の百貨店もある新竹の中心部に到着したのは、午後3時。ここまで、120km。2時間前には到着するはずだった新竹駅前を通り過ぎ、台北の手前にある都市・桃園を目指した。強い風は、まだ続いていた。

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●夕暮れの桃園

この旅最後の山道を越えたとき、「桃園市」の標識が目に入ってきた。タイムロスをしながらも、着実に前に進んでいるのだと感じた。「ここまできたぞ、もう少し!」と、自分を鼓舞しながら進んでいく。桃園の中心部に到着すると同時に、今回の旅ではあまり使わなかったライトを点灯させた。

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台北までは、残り55km。なかなかシブい距離だけれど、ここまできたら一気に台北へ行きたかった。台湾を走っているあいだ、「最悪、電車に乗れば台北に到着するよな…」と、保険の選択肢を頭の片隅で考えている自分を脱ぎ捨てたかった。


自転車旅を始めた小学生のころは、「自転車をこがなきゃ目的地へはたどり着けない。必ずこぎきるぞ」と思っていた。それなのに、22歳の大人になった今、「諦めても、目的地へは行ける」という考えを持ちながら自転車に乗っている。そんな自分に気づいたとき、自分の思考というものが進化ではなく、明らかに退化していると感じた。


ここで諦めるか、台北まで走るか。選択によっては、「台湾自転車旅2017」の価値に天と地の差が生まれるのではないかと思った。「絶対に、台北までいこう」。1個20円の大きな餃子を、最後のエネルギー源として食べた。真っ暗になった桃園の街は、帰宅ラッシュの渋滞で混雑していた。そして、小降りだった雨は、大粒の土砂降りに変わった。


●きらめく台北

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夜のネオンに照らされた、桃園の市街地。大都市・台北が近づいていることを予感させる賑やかなこの街からの40kmは、すべて下り坂だった。それに、幸か不幸か、大雨の中の走行だったため、安全に走行することに緊張感が向いていて、限界が近づいていたひざの痛みが全く気にならずに走ることができた。最後に、山に沿った真っ暗な自転車道路をかけおりていくと、視界一面にきらめく台北の街が見えてきた。


「もどって、きた」。一気にこみあげてきた高揚感が、自転車の速度をあげた。ひざの痛みも、雨に打たれた体の寒さも、一瞬で忘れた。郊外と中心部をへだてる淡水河に架かる橋を、全速力で越えて台北駅に到着した。達成感にひたりながら、自転車をおりてヘルメットをおいた。深呼吸しながら空に向かって大きく伸びをすると、橋を越えるときまで降っていた雨が、いつの間にかやんでいることに初めて気がついた。

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11/3 台中=台北 180km 10h30m 総走行距離895km



【台湾自転車旅2017 Day8】「Are you Japanese?」。声をかけられたのは、「地元」へ足をのばしたからだった

横目に通り過ぎた商店が、気になった。わざわざ止まるのは面倒に思ったけれど、「地元へ、もっと足をのばそう」と誓ったからには、気になったお店に行こうと思った。ほどよい下り坂で加速していたスピードを緩め、通り過ぎたお店へ引き返した。
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*嘉義のホステル。台湾でも、「インスタ映え」で集客を狙っているお店を多く見かける
そこで、たずねられた。

「Are you Japanese?」
 
 
●嘉義から台中へ
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今朝は、5時過ぎに嘉義のホステルを出発した。毎朝早朝に出発するのは、午前中のうちに100kmを走行しておくと、午後を楽に迎えることができるからだ。朝早く出発し、ゆっくり休憩をとりながら走ることが、連日続く長距離サイクリングで大切な「体のいたわり方」なのである。
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嘉義=台中間も、平たんな国道を走り続ける。台中の市街地まで「12km」の標識を確認し、ラストスパートの小高い丘をのぼっていく。台湾には、自転車がノロノロと坂道を上っていても、車やバイクに邪魔にならないほどの自転車レーンがあるから、ゆっくりとマイペースに走ることができる。「もう、台中まで来たのか」とここまでの道のりを懐かしんでいると、丘のてっぺんにさしかかった。顔をあげると、台中の街が広がっていた。
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●「地元」に足をのばして生まれたコミュニケーション
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台中の市街地に到着する20km手前の地点で、自転車から降りた。時刻は、1030分。昼食にはまだ早かったけれど、なぜか見逃せなかった地元の食事処があったのでそこへ立ち寄った。「鴨肉麺」(薄味のスープに入った麺の上に鴨肉がのっているもの)を食べながら、Google Mapsで台中までのルートを確認していると、声をかけられた。

Are you Japanese?」
 
僕は、必ずと言っていいほどに韓国人か中国人に間違えられるので、「日本人ですか?」とたずねられて(台湾では、初めて間違えられなかった)日本人としてのアイデンティティを取り戻したかのように元気よく「Yes!!I’m from Japan!!」とこたえた。すると、日本語の会話が始まった。
 

「私、日本に留学していたことがあるんですよ」
 
声をかけてきたのは、僕が立ち寄ったお店で働いている店員さん。彼女は、6年前に大阪天王寺の専門学校に通っていて、4年間日本に住んでいたらしい。どうりで、日本語が上手なわけだ。まさか、田舎のお店で日本語を話せる人に出会うとは思っていなかったので、たくさん質問した。
 
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「“冬粉”。ずっと気になってたんですけど、これは何の料理ですか?」
 「あぁ、それは“はるさめ”ですね。日本にもあるでしょ」
 
 「台中で、台湾ならではの食べ物を食べられるお店を知ってますか?」
 「台中のことはあまり詳しくないけど、1km先に台湾のお菓子を売っているお店があるから、行ってみてください。そこは、私の実家なので私が作ったお菓子もあるんですよ」
 
「へ~、そうなんですね!ちょうどそっちの方面に行くので、寄り道します!」
 
昼食にしては、おしゃべりに時間を使い過ぎてしまった。でも、平凡で他愛ない会話が、一人で旅をしている僕の心を満たしてくれた。もし、横目に通り過ぎていくこのお店を見逃していたなら、このコミュニケーションは生まれなかったし、そもそも彼女とも出会わなかっただろう。「地元へ、足をのばそう」。ちょっとした心がけで、こんなにも旅の質がかわるのかと、改めて感じた出来事だった。
 
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彼女とお別れし、台中の市街地を目指した。ラストスパートは、ちょっとした上り坂。体のふしぶしに、700km分の疲労を感じながらふんばっていく。「残りの旅、気をつけていってらっしゃい」。見送りの言葉を思い出すと、少しだけひざの痛みが軽くなった気がした。
 
11/2 嘉義=台中 100km 5h00m  総走行距離715km

【台湾自転車旅2017 Day7】便利さが、僕を「甘く」させる

台湾人の朝は、はやい。
 
3日間滞在した高雄のホステルを、午前5時に出発し「嘉義」へ走り始めた。辺りは暗く、街も静か。だけど、朝食屋さんはすでに開店しお客を待ち構えている。早朝の出発で、ホステルの朝食が食べられなくてもエネルギーを摂れるから、ありがたい。
 
国道からひとつ入った路地裏で、せっせと働くおばちゃんが出してくれた鶏肉と出汁がかかったごはん1杯を胃の中にかきこみ、日がのぼってくる前に自転車にまたがった。
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●平坦でほこりっぽい西側の「環島1号線」
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高雄から嘉義までは、一直線の道を走る。都市の中心部を通り過ぎると、まんべんなく人口とお店が分散した、日本の地方都市に似た「国道沿い」の雰囲気になる。交通量が多く、マスクを着用しないと走れないほど排気ガスも多い。花蓮や台東など、景観を楽しみながら走っていた東側の旅を恋しく思いながらも、極端な上り坂も爽快な下り坂もない、平坦な道のりを淡々と進んでいった。
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●台湾を走りながら思う、自分の「甘さ」
 
「甘いな、自分」。
台湾で、何度も自分に喝を入れた。そのワケは、台湾に数多くある日系のコンビニを「当たり前」のように使いそうになっているからだ。
 
海外の自転車旅で大変なのは、水分と食料の定期的な確保である。ヨーロッパの自転車旅なんかでは、山間地域へ入る前に貴重な物資を提供するお店を見逃してしまうと、いろんな意味で大変な山越えになってしまう。

しかし、先進国で過ごす日々の便利な生活から放たれ、僕たちが本来持っている嗅覚が研ぎ澄まされる瞬間(「ここで栄養補給しないと、とんでもないことになるかもしれない」といったことが本能的にわかる瞬間)こそが、ある種の快感だったりする。

台湾には、ファミマやセブンなど、たくさんのコンビニが出店されている。サイクリストにとっては、ありがたいし便利なことなのだが、当たり前のようにコンビニを利用してしまいそうになる自分の「甘さ」にはうんざりしてしまう。
 
 ●「当たり前」を選びすぎると、「新しいモノ」が閉ざされる

せっかく台湾に来ているのだから、地元のものに触れて、新しいモノを知ることが大切だと思う。しかし、見慣れているコンビニがあるということから、新しい価値観に触れようとする主体性が弱まり、コンビニを利用するという「現状維持」を選んでしまう。
 
台湾を自転車で一周するという大枠の中で、現地の文化にどっぷりとつかることをためらい、コンビニという「合理的な手段」を選ぼうとする中身の薄っぺらさは、最近の自分が、いかに「主体性」を忘れて日々を過ごしていたかを象徴していると思う。
 
 
「甘さからの、脱却」。
どこかで聞いたことのあるフレーズは、残り数日の自転車旅のマニフェストである。達成するために、まずはコンビニで水分以外の購入をやめることにした。食事を地元の商店でとれば、時間はかかるかもしれないけれど、そこでのコミュニケーションから何か生まれるかもしれない。
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高雄で生活する日本人留学生たちから、新しいことに触れる主体性や積極性をわけてもらい、残りの数日間で自分の「甘さ」を脱ぎ捨ててしまおうと決意した。
 
11/1 高雄=嘉義 120km 5h20m 総走行距離615km

【台湾自転車旅2017 Day6】500キロメートル/旅の前半まとめ

台湾を訪れ、1週間が経過しました。台北を出発し、東回りで500kmを走りました。第二の都市・高雄に到着してから、休憩と日本人留学生へのインタビューを兼ねて3日間滞在しています。早くも、台湾自転車旅の半分が終了です。これまでの旅を、振り返ってみましょう。
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●台湾のサイクリングロード
(1)道路状況
日本よりも、自転車道路あるいは道路の側道の幅が広く、走りやすかったです。
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台湾を自転車で1周するにあたって、懸念していたのは東側の道路状況でした。台湾には、「環島1号線」という自転車道路があり、サイクリングで1周できるようになっています。とはいえ、人口の多くが住む西側とそうではない東側では、道路状況が異なるのではないかと思っていたのです。
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しかし、それは無駄な心配でした。東側の宜蘭=花蓮間を除くすべての1号線は、自転車道路があり、日本国内よりも十分に走りやすかったです。ちなみに、宜蘭=花蓮間は断崖絶壁でトンネルも多く道幅も狭いため、安全なサイクリングができるとは言い難く、宜蘭の中心部から10kmほど南下した郊外にある蘇澳新駅から電車での移動になります。
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ここでは、サイクリングツーリズムの観点からサイクリストへの配慮がなされていて、蘇澳新駅=花蓮駅間(約80分)の電車は特別な事情がない限り自転車をそのまま持ち込めます。日本のように、どんなに田舎の駅でもわざわざ自転車をバラさなくて良いのは、とても便利です。
 
また、台湾には日系のコンビニ(特に、セブンイレブンファミリーマート)が多く出店されていて、東側も例外ではありません。国をあげてサイクリングツーリズムを推進しているため、「かゆいところに手が届く」といった絶妙な位置にコンビニが配置されています。1度見逃すと数十キロもお店がないといったことは基本的にはないので、いざという時には便利です。
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ただし、宜蘭=花蓮間や台東=車城の寿峠で峠越えをする時は、ふもとにあるコンビニなどで食糧や水分を余分に補充してから上り始めることをおすすめします(旅終了後に、「台湾自転車旅のしおり」として、改めて台湾のサイクリング事情についてまとめます)。
 
●日本人留学生から学んだこと
台北と高雄で、4名の日本人留学生と会い、台湾での生活についてお話を聞きました。それぞれに、台湾へ留学に来た理由があり物語がありましたが、全員に共通していたことは、知らない土地へ足を踏み出す「行動力」だと思います。
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日本の大学に進学するという、既存のレールからはずれ台湾進学を選択する行動力を持った留学生たちの話は、聞いている側の僕も「帰国してから何か新しいことをはじめなきゃ」と思わせてくれるような、熱っぽさがありました。
 
500キロメートルという「尺度」
台北から高雄まで、約500kmでした。途中、電車に乗り120kmをショートカットしたとはいえ、「意外と、これくらいの距離か」といったところではないでしょうか。
 
500kmといえば、僕が一人暮らしをしている東京渋谷からだと大阪の辺りまで、地元の宮崎市からだと広島市辺りまでといったところです。このように考えると、九州ほどの大きさと言われている台湾島の大きさを、より現実的に把握することができます。
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そういった距離を、実際に自転車で走ってみることによって、500kmという距離を自分がどれくらいの時間をかけて移動できるのかという「尺度」を得ることができます。そして、この尺度は自分が何か新しい事柄に足を踏み入れようとするときに、距離としての尺度だけでなく、もっと普遍的で大きな枠組みの「ものさし」として、自分を後押ししてくれるのです。
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「旅で何をするか」を考えながら走った、前半が終了しました。台北へ折り返す旅の後半は、「帰国後に何をするか/始めるか」を考えながら、自転車で走っていこうと思います。

10/31日 高雄のユースホステルにて

【台湾自転車旅2017 Day5 特別編】「自分を変えたい」。宮崎の男子高校生は、その思いで台湾へ渡った/日本人留学生インタビュー×高雄・義守大学

LINE電話の受信音に、叩き起こされた。現地時刻は、午前3時。アメリカのカリフォルニアに滞在していた3年前の夏休み、大学1年生の夏を地元で過ごしていた中学時代からの親友が、久しぶりに会った同級生たちの近況を連絡してきた。その中で、ずっと気になっていた「近況」があった。

「あいつ、半年間で中国語を習得して、これから台湾の大学に行くらしいよ!」

 

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親友によると、僕たちの高校時代の同級生が日本の大学ではなく海外の、それも台湾の大学に進学するというのだ。時差をまったく気にしない親友からの連絡を、半分眠りながら聞いていたのだけれど、物静かな同級生の衝撃的な「近況」を聞いてパッと目が覚めた。

それ以来、なぜ彼が台湾の大学へ進学したのか、ずっと気になっていた。そして今回、ようやく彼に再会することができた。
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●「日本人留学生インタビュー×義守大学・福井達貴くん」

宮崎県で過ごした高校時代の同級生、福井達貴(たつき)くんは台湾第二の都市「高雄」の義守大学に留学している大学4年生。高校卒業後、日本の大学ではなく台湾の大学へ進学した。どうして彼は、その進路を選択したのか。3年半ぶりに再会し、お話を聞いた。


●海外へ進学するキッカケ、そしてなぜ「台湾」なのか

松本:お久しぶりです。台北からチャリを500kmこいで、あなたに会いに来ました(笑)

福井:ありがとう(笑)。せっかく来てくれたから、今日はたくさん聞いてね。
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さっそくだけど、台湾に進学するキッカケを聞かせて。大学1年生のころに、福井くんの進路を聞いてから、ずっと気になってた。

 

一番のキッカケは、「環境を変えて、自分を成長させたい」と思ったことかな。自分に自信が持てない性格を、変えたくて。何かに挑戦するという選択肢として、「海外留学」を選びました。

そこで意外なのが、選んだ留学先。どうして「台湾」だったの?

理由はたくさんあるけど、大きく分けてふたつ。中学時代に、中国語の授業があって言語だけでなく中国語圏の文化に触れる機会が多くて、ずっと興味を持っていたから。それに、僕が在籍している義守大学の国際ビジネス学部は、中国語の授業だけでなく英語での授業も活発で、中国語と英語の両方を学べるのが魅力的だったからかな。
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見切り発車の決断と留学までの過酷な「缶詰め生活」

福井くんは日本の大学進学を目指して、受験勉強をしていたイメージがあったのだけど、いつ頃「台湾進学」を決めたの?

高校3年生の2月(笑)

げっ!卒業間際!!(笑)どうして?

進学先を国内か海外にするかで迷っていたから、高校3年生の11月ころに「海外留学」について調べ始めた。情報を集めていると、どんどん留学したい気持ちが強くなって、12月には国内の国立大学の受験に落ちたら台湾へ行こうって決めた。たぶん、この時点で自分の意識は台湾留学に向いていたと思う。結果的に、良くも悪くも国立大学に落ちたので、すぐに台湾へ行こうと思った。

留学を決めて、どのように中国語を勉強したの?

茨城県守屋にある「台湾留学サポートセンター」で、寮生活をしながら、いわゆる予備校生活を始めたよ。3月後半から入学試験までの約半年間、文字通りの「缶詰め生活」で、毎日12時間以上勉強する日々だった。寮は中国語しか使えない規則で、最初は自分の言いたいことが全く伝えられず、ストレスと将来への不安とで、毎晩布団の中で泣いてた(笑)

それでも「台湾に行く」と決めたからには、妥協はできないから、毎日抜け毛や血尿と闘いながら(笑)、頑張りました!数か月間、中国語を必死に勉強して、予備校からの「指定校推薦」の試験に合格し、義守大学へ進学することになったよ。
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予備校からの進学は、「指定校推薦」が一般的なの?

国立でも私立でも、「指定校推薦」での進学が一般的。推薦とはいえ、中国語の授業についていくための語学力、その他にも英語や数学などの教科も勉強しないといけなかったから、大変だった。でも、予備校での努力が自分への「自信」に繋がったので良かったと思う。ただ、もう二度と戻りたくはないかな(笑)

●初心に戻り続ける、留学生活

過酷な予備校生活を終えて、いよいよ留学生活が開始。異国の地での生活に、最初は慣れない部分も多かったと思うけど、自分に自信をつけてやってきた台湾での生活はどうでしたか?

授業初日から、予備校で培った「自信」が見事に打ち崩されました。教授が何を言っているのかも分からないし聞き取れない。友達にも自分の気持ちが伝えきれない。ストレスで、抜け毛と血尿と夜泣きが、また始まった(笑)

でも、僕はかなりの負けず嫌いだから、「負けたくない」という気持ちで、必死に勉強してまずは言語の壁を乗り越えました。
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「諦める」のではなく、試練を乗り越えるために「努力する」ことができる福井くんのモチベーションはどこからやってくるの?僕が同じ状況なら、「諦める」を選択しちゃうかもしれない(笑)

ツラい時は、いつも「初心に戻る」ことを心がけてるかな。「自分を変える」ために留学を選択したという原点を思い出して、「もっと頑張ろう!」と自分を鼓舞する。これを繰り返して、なんとか乗り切ったよ。でも、1年生のころなんかはSNSで同級生たちが日本で楽しそうに遊んでいる写真をみて、「台湾に来たのは間違っていたのではないか」と心が折れそうになったこともたくさんあるけどね(笑)

言語の壁以外には、何か困ったことはあった?

台湾人の主張の強さには、戸惑ったね。特に、僕は自分の意見を主張できるタイプではないから、最初は他人の意見ばかりを受け入れすぎててストレスが溜まった。ある時、我慢が限界に達して、台湾人の同級生と大ゲンカをしてしまった。相手からしてみると、これまで意見を言わなかったのに、突然怒り出されても困惑しちゃうよね。

そんな失敗があったから、今では相手の意見を聞いて、それに対する自分の意見もしっかり伝えるようにしている。少しずつ、自分の意見を言えなかった部分が変わりつつあるかな。

●学校生活と生活費用

留学生活では、授業のない休みの日は何をして過ごしているの?

サッカー部に所属しているから、休みの日は練習や試合に参加することが多いかな。それに、日本の大学生と同じようにカラオケやボーリングで遊んだりもするよ。
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以前は、勉強もかねて中国語を日本語に翻訳するアルバイトをしていた。かなり大変だったけど、台湾でしかできないアルバイトのひとつだったから、とても良い経験になったよ。ちなみに、給料は7時間働いて1500 元(約5500円)。時給が約400円の台湾では、「稼ぐ」ことのできるアルバイトだったかな。

東京で一人暮らしの身としては、生活費が気になります

生活費は、毎月8500元(約3万円)。これに、光熱費込みの寮費が8000円だから、全部で約4万円かな。僕の寮は、ランクが一番低いから一番安い。義守大学の寮には4階級あって、月の家賃は8000円~4万円。最上級の4万円の寮は、大学内にあるホテルの部屋を借りることになるから、そう考えると日本よりも格段と安いかな。
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ここまできたら、全部聞きます。学費も、教えてください(笑)

学費は、年に約30万円。僕の大学は私立だから、国立だともう少し安くなると思う。大学によっては、留学生への給付型奨学金制度があるので、留学の費用としてはそんなにかからないよ。

●4年間の留学を経た、今後の進路

ここまで約1時間、インタビューにこたえてもらいました。高校卒業から今に至るまでの「これまでの話」を聞いたわけですが、「これからの話」を聞かせてください。来年6月に卒業みたいだけど、4年間の台湾留学を終えた後の進路はどうするの?

実はまだ、明確には決めていないけれど、選択肢としては「日本で就職活動」か「コミュニティカレッジで英語の勉強」のふたつかな。

留学後は、日本へ帰国する予定なので、中国語を活かせる企業での就職活動を視野に入れてる。ただ、中国語だけでなく英語習得にも挑戦したいので、英語圏コミュニティカレッジという教育機関で語学学習をしたいという考えもある。

これまでの留学生活を経て様々な環境に触れ、「もっと成長したい」という気持ちが強くなっているので、残りの大学生活でより良く「自分が変われる」選択肢を考えていきたいと思っています。

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●最後に一言

今回、インタビューをさせてもらったキッカケのひとつに、後輩の高校生から「海外の大学生活について知りたい」という要望を受けたということがあります。僕たちの地元の学校でも、福井くんみたいに中高時代から海外留学に興味を持つ後輩たちも増えているようです。

最後に、そんな中高生たちに留学経験者として一言お願いします。

めげない心を用意して、海外留学へ行ってください!(笑)

海外で大学生活を送ることは、ぼんやりと日本の大学に進学するより、絶対に良いと思います。これまで過ごしてきた環境が変われば、自分の視野も広がります。それに、目的を持って留学をすれば、目的を持って留学に来た人たちにも出会うことができ、刺激的な学校生活を送ることができます。

泣く日々の方が多くなるかもしれませんが、「自分を変えたい」「挑戦したい」「成長したい」を求める人には、おすすめです。まずは、自分が何の目的を持って行動するのか、考えてみてください。
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【プロフィール】

福井達貴(ふくい たつき)。宮崎出身。高校卒業後、半年間の中国語予備校生活を経て、台湾・高雄の「義守大学国際ビジネス学部」に進学。現在、4年生。趣味は、サッカー、旅行、レートの変動を毎日見ること。大学では、台湾国内で強豪のサッカー部に所属し、FWとして活躍。卒業後は、日本での就職か英語圏コミュニティカレッジへの進学を考えている。

 

10/30 高雄・義守大学キャンパスにて