【中東・中米旅2018】イスラエル編6『ヘブライ大学』

 数日前にエルサレム旧市街を案内してくれた、ヘブライ大学に通う光永(ミツナガ)さんの案内のもと、新市街からバスで10分ほどの高台にあるヘブライ大学のキャンパスを訪れた。セキュリティチェックを通ってキャンパス内へ入ると、玄関に大きな絵が飾られてあった。

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光永「この絵は、1925年の大学設立を記念して行われた式典を描いたものです。たくさんの要人たちが参加した式典なのですが、真ん中で演説している男性は誰だかわかりますか?」

松本「えっと…わかりません(笑)誰ですか?」

「この地(ヘブライ大学のキャンパス)は当時、イギリスの委任統治領だった…ということがヒントです(笑)」

「えっと…わかりません。い、いったい誰なんですか!?」

イスラエル建国の先駆けとして設立された「ヘブライ大学」

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「バルフォアです」

ヘブライ大学の玄関に飾られてある大きな絵は、1925年に行われた大学設立式典が描かれており、中央ではイギリスの外務大臣バルフォアが演説を行っている。「バルフォア」。これは、世界史の近代史分野で耳にする名前。第一次世界大戦中に行われた、イギリスの「三枚舌外交」のひとつでイギリスのシオニストユダヤ人国家建設を推進する人々)を支持した「バルフォア宣言」のその人である。

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イスラエルの建国は1948年です。1925年に設立されたヘブライ大学は、ユダヤ人国家設立の先駆けとして作られました。この大学の特徴は、全授業をヘブライ語で行うこと。ヘブライ語は聖書の言語なのですが、当時は口語としてはあまり使われていませんでした。ですが、ユダヤ人国家設立に向けてユダヤ人の言語を確立しようということで、口語としてのヘブライ語の普及活動が活発になりました。そのため大学設立当時の教授たちは、自分たちでヘブライ語を学びながら、ヘブライ語で授業をしていたんですよ。ちなみに、大学設立後はじめての講義はアインシュタインが“相対性理論”を行いました。もちろん、ヘブライ語で。」

・図書館の「日本語コーナー」

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「あれ、図書館なのになぜか騒がしいですね」

ユダヤ人は本当に議論が好きなので、図書館の一階はディスカッションコーナーになっています。それと、奥の部屋には昼寝コーナーもありますよ。ぼくは、ここを愛用しています(笑)」

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「昼寝、大切ですよ!(笑)中途半端に机に突っ伏して寝るよりも、こうやって昼寝コーナーで横になって寝た方がその後の作業もはかどりそうですし…。あ、日本語コーナーってありますか?」

「ありますよ。ユダヤ人は“本の民”と呼ばれているほどに、読書好きです。この図書館も世界各国の言語の本が所蔵されていて、比較的には少なめですが日本語の本も所蔵されています。つきました、ここです」

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「少ないとはいえ、中東の大学でこんなに日本語の本があるなんて、なんか嬉しいですね。マンガもいっぱいある!」

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「日本語学科もあるので、マンガはその学科がたくさん集めてるんだと思います」

「マンガ以外には、文化人類学社会学、歴史系の本が多いですね。あ、これ(『文化ナショナリズム社会学~現代日本のアイデンティティの行方~』/吉野耕作)は僕の所属している社会学科の先生の本です(笑)こういった内容の本も、多く読まれているんですね」

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・迷路のような内側、要塞のような外側

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「さて、校舎のなかを案内しますね」

「なんか、迷路みたいで迷いそうですね。」

「そう、迷路なんです。この大学のキャンパスは、東エルサレムにあるわけですが、この一帯は時代によっていろんな国家に占領されてきました。そのため今でも“有事”に備えて、内側は敵に不利なように迷路のような造り、外側は角ばった要塞のような造りになっているんですよ」

「“有事”に備えるということが、身近なものだなんて(日本で生活している)ぼくにとってはとても遠くにある感覚ですね…」

「ちょっとここから外へ出ましょう。ほら、要塞みたいな造りでしょう?」

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「本当ですね。角ばった造りになっている…。内側からは外が見えるけど、外からだと内側の様子は把握しづらいですね。それにしても、この大学は景色が良いですね(笑)」

「そうですね(笑)向こう側には、旧市街を一望できる“オリーブ山”がありますが、そこからの眺めとかわらないほどきれいです」

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「これは“杉原千畝”ですか?」

「正解です。知っての通り彼は、在リトアニア大使館で当時迫害されていたたくさんのユダヤ人にビザを発行し助けたので、こうやって写真が飾られています。キャンパス近くには、記念碑もありますよ。それに、彼の息子さんはここヘブライ大学で学ばれていたんです」

「へぇ、それは知りませんでした。こうやって、海外の大学に日本人の写真が飾られてあるのはなんだか嬉しいですね。でも、“日本語コーナー”や“日本人の写真”があるという事実を『嬉しい』と思うこと自体が、図書館にあった吉野先生の本で書かれているようないわゆる“ナショナリスティック”な発想なのかもしれませんが…(笑)」

・大学予科学校

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「大学広いですね~」

「広いです。でも実は、ここはもう大学とは異なる“予科学校”のキャンパスなんです

予科学校?」

「ここは、ヘブライ語の基礎や学部へ入学するための試験勉強をする教育機関になります。もし留学生が、ヘブライ大学の学部で学びたかったら、まずはこの予科学校で勉強しなければいけません。ぼくも1年間通ってヘブライ語の習得に役立ちましたが、学費が100万円をこえるので高い…」

「た、高いですね…。」

「でも、ここの特徴…というかイスラエルの教育機関の特徴は、世界各国に離散していたユダヤ人がイスラエルにやってくるので、学校には様々な母国語を持った学生がいます。だから、友達さえ作れば多言語に接する機会ができて、とても勉強になりますよ」

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・「猶予期間」のある社会

OECDによると、イスラエルの学士取得率(25歳~64歳)は45%(2010年)と、日本の44%(2010年)と変わらない(少しだけ高い)。大学入学前には、高校卒業後に男性は3年間、女性は2年間におよぶ兵役がある。そのため、学生の年齢層は日本と比べると少し高くなっている。そして特徴的なのが、兵役終了後に約1年間の「猶予期間」がある文化。兵役中に給与(役職によって異なるが、軍隊に所属している時は散財するタイミングがあまりないめ、ある程度の貯蓄になるらしい)を受けていることもあって、多くの若者がこの期間で海外旅行をすることが恒例となっている。こんな社会的義務や猶予があるため、大学院生ともなるとグンと年齢が高くなるようだ。そんなワケもあるのか、ヘブライ大学にはいわゆる「サークル活動」みたいなものは少なく、多くの学生が年齢的にも精神的にも落ち着いた学生生活を送っているらしい。

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2018年2月22日 羽田空港国際線ターミナル

【中東・中米旅2018】イスラエル編5『パレスチナ自治区ベツレヘム#2』

女子学生たちの会話は、止まらない。おしゃべりのふしぶしで、ヒソヒソ話がはじまったり、スマホを手に取り“自撮り”に夢中になっている。かれこれ1時間、放課後のガールズトークはノンストップで続けられている。

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日本やイスラエル、そしてパレスチナ自治区でも、カフェでは同じような光景が広がっている。

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ベツレヘムの町をひと通り見て回り、最後に「ベツレヘム大学」へ向かった。車が出入りできるような大きな門は閉ざされていて、その脇にある一人分の大きさの出入り口だけが解放されていた。「ヒジャブ」で頭髪を覆ったムスリムの女子学生たちにまぎれて入ろうとすると、ぼくを止める以外に特にやることがなさそうな高齢の警備員たちに止められた。

「Hey~、Stop~」

彼らは座ったまま(立ち上がる気はいっさい無さそうだった)、ぼくの様子をうかがっていた。彼らの様子を見て「これはイケる」と思った。こういうとき、魔法のフレーズがある。

「I’m a student」

ポイントは、「自分はこの大学に興味がって、はるばる日本から訪れた学生です。少しで良いので、中をのぞかせてはくれないだろうか」という意味も含ませて伝えること。そして、手にはノートとペンを持っておくこと。

「Oh…Just 5minutes」

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大理石でできたホテルのようにきれいな校舎の中では、学生たちがそれぞれの昼休みを過ごしていた。階段に座って本を読み、ベンチでお昼を食べ、久しぶりに会った友達に抱きついて騒ぎあう。そこには、東京の四谷キャンパスで4年間みてきたものと変わらない学生生活があった。

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きっと、15分くらい見学しても問題なかったのだろうけど、あまりにもぼくがそのキャンパスにいることが不釣り合いだったので、ぴったり5分でキャンパスを出た。そして、隣にあったカフェで昼食をとっていると、そこでもまたぼくの知っている学生生活がくり広げられていたのである。

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2018年2月15日 エルサレム へブラ大学図書館

【中東・中米旅2018】イスラエル/旅行者向け編『イスラエルの観光ビザ』

 意外と行きやすい国なんです、イスラエル

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海外へ旅行に行くとき、事前準備で一番面倒なもののひとつが「観光ビザ」の申請です。これはパスポートの他に、その国へ滞在するための証明書のようなもの。EUや中国などの国は、ビザが無くても滞在可能ですが(一定の日数を超える場合は必要)、国によっては事前の申請が必要となります。アメリカ、インド、キューバなど、これまで数か国の観光ビザの申請を体験しましたが、毎回この準備をはじめると、「行くのやめようかな」と思うくらい億劫な気持ちになってしまいます(アメリカが一番面倒で、キューバが一番スムースでした)。

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今回も、「どうせイスラエルのビザ申請ってややこしいんでしょ?」と思ってGoogle検索をしたところ、結果はこんな感じ。

日本国籍の方は、90日以内の観光等の目的とした滞在であれば、事前のビザの取得は必要ありません」イスラエル大使館HPより)

あっぱれ、イスラエル。なんて旅行者に優しい国。ただし、ひとつだけ注意しておきたいことがあるようです。基本的に、観光ビザのスタンプはパスポートの「査証」のページに直接押されます。でもイスラエルスタンプがあると、シリアやレバノンなどイスラエルと国交のない一部のアラブ諸国には、入国できなくなってしまいます。そのため空港の入国監査では、パスポートにスタンプを押すか、観光ビザを別の紙に印字するか聞かれるので、気をつけておきましょう。また、監査役によっては、はじめから別の紙に印字をする人もいるみたいです。

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ちなみに、入国監査をスムースに通り抜けるポイントは、「清潔感」「ほどよい笑顔」「落ち着いた態度」の3点セットです。長時間のフライトの後で疲れているかもしれませんが、顔を冷水で流し、頭髪を整え、乾燥した肌にクリームをぬってから挑みましょう(とはいえ、そんなに緊張しなくても問題なく入国できるはずですよ)。

【中東・中米旅2018】イスラエル編4 『パレスチナ自治区ベツレヘム#1』

毎年、宮城県女川町で詩人・高村光太郎の朗読会が開催されている。去年の夏、就職活動に行き詰っていたぼくは「詩でも朗読してみよう」と思って東北へ足を運んだ。朗読する詩を決める必要があったので、新宿の紀伊国屋書店高村光太郎を探していた。結局、ぼくを誘ってくれた方の薦めもあって『道程』を朗読したのだけれど、詩集『智恵子抄』にはこんな一節があった。


“冬の朝なれば ヨルダンの川も薄く氷たるべし”

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「ヨルダン」。どこか聞いたことのある、異国の地の響きがした。ヨルダンの川とは、ヨルダンとイスラエルパレスチナ自治区の国境として、シリアのゴラン高原から死海に流れているヨルダン川のことらしい。当時、ぼくには関係のない遠い国について詠んだ一節だと思っていた。でも、それから半年。ぼくは、そのパレスチナ自治区を訪れている。

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渋滞もあって、エルサレムから約1時間バスに揺られるとパレスチナ自治区ベツレヘムに到着した。バスから降りると、数名のタクシーの運転手たちが近寄ってきた。タクシーで観光スポットに連れて行ってやるという勧誘なのだが、ベツレヘムでは町歩きすること自体に関心があったので断った。彼らはしつこくついてくるかと思いきや、思いのほかさっぱりとしていて、メインの「聖誕教会」までの道のりをぼくに告げると去っていった。Maps meでダウンロードしておいた地図と、運転手たちの言葉を照らし合わせて、人の集まる声が聞こえるアラブ市場スークへと歩いていった。

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町の中心にあるメンジャー広場からは、イエスが誕生した場所とされている「聖誕教会」が見える。きっとこの教会も、あの「ベツレヘムの歌」の歌詞のなかに登場しているはず。制服を着ていたころの記憶を思い返しながら、「謙虚の扉」とよばれる小さな扉から中へと入った。

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ベツレヘムは、ぼくにとっては少しだけなじみのある場所だった。ぼくが通っていた中高では、毎年「クリスマスのつどい」とよばれる行事が行われていた。そのなかで、合唱部が歌う曲のひとつに「ベツレヘムの歌」という一曲があった(正式な曲名は覚えていない)。中学1年生のころにはじめて聞いたその曲は、「ベツレヘム」という地名を何度もくり返す歌詞が印象的で、ずっと覚えていた(おそらく黒い羊が登場する曲だったと思う)。だから、イスラエル行きの航空券を購入したときに、エルサレムベツレヘムには何があっても行きたいなと思っていた。

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そして、ベツレヘムでも訪問したい場所があった。(つづく)

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2018年2月15日 エルサレム Abraham HOSTELS

【中東・中米旅2018】イスラエル/旅行者向け編『ぼくが泊っているドミトリーホステル』

 イスラエルの宿泊は、ぜんぶ「Abraham HOSTELS」のドミトリールーム(10名)を利用しています。ここは、「宿代は低く抑えて旅行したい」という人におすすめ。1泊3000円前後(シーズンによって異なる)と、イスラエルの物価としては安めの価格。ホテル予約サイトBooking.comで、テルアビブの店舗をみつけて宿泊したのですが、気に入ったのでエルサレムでもここに泊まっています。「アタリ」の宿をみつけて嬉しかったので、お気に入りのポイントを紹介しますね。

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1  国内3店舗だからできる「バスサービス」

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ここは、テルアビブ、エルサレム、ナザレの3都市にあります。ぼくは、滞在先のテルアビブとエルサレムで利用しています。そして、「移動で疲れたくないタイプ」のぼくが嬉しいと思ったのが、ドアtoドアの「バスサービス」。これはチェックアウト後に、玄関から次の滞在地の玄関まで送迎してくれるサービスです。曜日や都市によって1日の本数は異なりますが、公共交通がストップ(本数が減って)してしまう土曜日(イスラエル安息日)も運行しているので助かります。それにホステルのサービスなので、値段をごまかされたりよくわからないポイントで下ろされたりしないので安心です。疲れません。

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ちなみに、死海マサダ国立公園、近隣都市へのツアーも多く用意されているので、このホステルで「宿泊・観光・移動」を完結させることもできます。

【バス料金】(2018.02.15現在)

テルアビブ⇔エルサレム 25NIS(約800円) /45分

エルサレム⇔ナザレ   40NIS(約1250円)/3時間

テルアビブ⇔ナザレ     40NIS(約1250円)/2時間

2   清潔感のある「バスルーム」

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ドミトリーだと、「水回り」が気になります。シャワー室の足元がヌルっとしていたら、もう嫌です。この点もクリアしていて、むしろ最低限以上の清潔感があります。各フロアに男女共同のバスルーム(シャワー室とトイレ)があるのですが、ゲストとして嬉しいのは各部屋にもバスルームがあるところ。夜中にトイレに行きたいとき、わざわざ部屋から出なくて良いので便利です。ちなみに、見ている限りだと毎日の掃除が徹底されていて、バスルームだけでなく部屋やキッチン、Barなどのフロアも使い心地が良いです。

3   野菜が充実した「朝食」

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旅行の目的はそれぞれにありますが、ぼくは宿泊費だけでなく食費もケチるタイプ。イスラエルのような、ドイツやフランスレベルの物価だと、毎食長くて硬いパンをかじっています。だからこそ栄養がとれる朝食があると、体調を崩すことなく滞在できるのです。イスラエルの物価は安くはないものの、現地の人によると野菜は比較的安く手に入るそうです。そういうわけもあるのか、ホステルの朝食(無料)は野菜が充実しています。緑、赤、黄の野菜が、旅先での体調を整えてくれます。もちろん、パンやチーズ、シリアルもあるので、お昼の分までおなかを満たすことができますよ。インスタントではなく、マシンが作ってくれるコーヒーも飲めて、朝の目覚めもばっちりです。

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いつも「できるだけ安い宿」に泊まっているので、はじめからサービスにはあまり期待していません(屋根のある場所で、眠ることができれば十分なのです)。けれど安い宿でもサービスが充実していると、その場所での滞在がさらに楽しいものになります。イスラエルには、ほかにもたくさんの宿がありますが、「探すのがめんどくさいタイプ」の人はAbraham HOSTELSに即決しても損はないと思います。

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【中東・中米旅2018】イスラエル/旅行者向け編『インターネット環境』

イスラエルでは、大学やカフェ、ホステルなど様々な施設でフリーWi-Fiを利用しています。もし、インターネットの利用頻度が定期的な連絡のチェック程度であれば、ポケットWi-Fiなどを借りなくても十分なネット環境だと思います。ただ、どうしても常にネット環境が必要なのであれば「世界データ定額」が便利です。

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ぼくは、エルサレム旧市街やベツレヘム観光の様子をリアルタイムでSNSにUPしたかったので、auの「世界データ定額」を利用しました。これは、980円で24時間ネットに接続できるサービス。24時間が経過すると、自動更新することなく契約が終了するので、知らないうちに追加料金が発生することは無く安心です。また事前の申し込みではなく、アプリ上で渡航先の国・地域を選択し「利用開始」をタップするだけなのでスムースに使うことができます。特に、旅先で「1日だけ使いたい!」なんてときにはお得です。

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アプリさえダウンロードしておけば、インターネットに接続されていない状況で「利用開始」できるので、旅先での非常時には心強い味方となってくれます。ドコモやソフトバンクも同様のサービスがあるので、チェックしてみてください。

【中東・中米旅2018】イスラエル編3 『エルサレム』

バスの中で目を覚ますと、あえて“着くずした”かのような街並みが広がっていた。それは大都市の建物群のように、洗練されて常に新しい状態を保っているものではなかった。だけど、その朽ち果てそうな風体こそが、ぼくに街の歴史と魅力を感じさせていた。

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ぼくは予定を1週間も早めて、エルサレムに到着した。


オリーブ山からはじまる、旧市街めぐり

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ここから一望できる旧市街は、アルメニア人、ユダヤ人、アラブ人、キリスト教の4つの地区に分かれています


ていねいに街の歴史を教えてくれるのは、エルサレムヘブライ大学で歴史学を専攻する光永(ミツナガ)さん。新市街の路面電車の駅で待ち合わせ、「はじめまして」の挨拶を終えると、まずは標高825メートルと街を見渡すことのできる「オリーブ山」に連れて行ってくれた。そして、旧市街を眺めながら、エルサレムの全体的な歴史を教えてくれた。

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山の中腹に見えるのは、ユダヤ人墓地。そして、旧市街側に見えるのは、アラブ人墓地です。それぞれに埋葬された遺骨は、足を向けあって横たわっています。ユダヤ教側は、死者が復活しエルサレムへと行きやすいように、アラブ側はその聖地への入場を阻むために、という意味がこめられています


光永さんは、奈良の大学に2年通ったのち、ヘブライ大学にある予科学校(学部試験の準備やヘブライ語を学ぶ教育機関)でヘブライ語を学び始めた。はじめは1年間だけと思っていた留学だったけれど、いつの間にか学部3年目も半ばにさしかかっているらしい。現地で学んだ「生きたガイド」を聞きながら、このオリーブ山から旧市街めぐりがはじまった。


嘆きの壁(西の壁)

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オリーブ山をくだり、旧市街へと入場していく。数千年にわたり多くの人が歩いた石畳は、気を抜いているとヨレヨレの運動靴ではすべってしまうほど、つるつるにすり減っている。海外にきたことを知らせる香りが漂うアラブの市場「スーク」を抜けていくと、大きな広場が見えてきた。


ユダヤ教の聖地“西の壁”(嘆きの壁)です。ここではユダヤ教の人々が、24時間絶えずお祈りをしています。なので、夜はライトアップもされていて観光客も多いです

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壁に手をあててお祈りをしている人たちのなかに、多くの観光客もまざっている。「信仰」と「世俗」は聖地では分断されているのかと思いきや、意外と一緒になってひとつの場所を共有しているらしい。


無料で貸し出しされているユダヤ教の民族衣装「キッパ」を頭にのせて、壁に近づいていった。つるつるになった壁のすき間には、たくさんの紙切れが挟まれている。長い年月をかけて多くのユダヤ教の人々が祈りをささげたことから、今では願い事を書いた紙を壁のすき間にはさむと、願いが叶うという言われがあるらしい。


壁をつくっている石の大きさが、列によって違うのわかりますか?この場所は、時代によってさまざまな国家や王朝が支配し、壁を高くしていきました。だから、石の大きさによってどの時代に積み上げられたものなのかっていうのが分かるんですよ


岩のドーム

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セキュリティチェックを通過して、イスラム教のエリアへと入っていく。ゆったりとした広場の中心にあるのは「岩のドーム」。オリーブ山から旧市街を眺めたときに、真っ先に視界に飛び込んでくる黄金色のドームが特徴的な建物である。


15歳のころ、グラナダ(スペイン)のアルハンブラ宮殿で、はじめて本格的なイスラーム建築を目にした。建築のことを何も知らないぼくでさえも、「なんか、スゴイ」と心をざわつかせる建物の造りを見て以来、イスラーム建築が好きになった。

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幾何学模様と、角ばっていながらもしっかりとひとつの空間に収まっている(ぼくにはそう見える)岩のドーム。教会の絢爛(けんらん)さでも、寺院の質素さでもない中庸な感じが、ぼくの気持ちを落ち着かせてくれるのだ。入場時間の制限さえなければ、この広場でずっとドームを眺めていたかった。


聖墳墓教会


あのハシゴ、何だかわかりますか?(笑)

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「えっと、わかりません…」

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あれは“不動の梯子”です(笑)。詳しく説明しますね。この教会は、カトリック教会や東方正教会コプト正教会など、複数の教派による共同管理になっています。ただし、その共同管理の問題がひとつの要因となって、戦争が勃発したこともあるんです。そういった争いを避けるために、教会の鍵の管理をアラブ人に任せ教会内の物を現状維持にするという勅令がだされました。そしてこの梯子も“現状維持”をしなければならず、150年以上にもわたってここにあるのです。教会の人がバルコニーに降りるために使っていたただの梯子が、聖地エルサレムの政局によって歴史的な産物となったのです

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この聖墳墓教会は、イエスキリストが十字架に磔(はりつけ)にされた「ゴルゴダの丘」のある場所だとされている。教会内には、キリストの墓や磔にされた際の血が付着した(といわれる)岩などがあり、教派を問わず多くの人たちが訪れている。また、ここはアダムの墓があるという説もあり、教会内にあるキリストの磔を描いた絵には十字架の真下にアダムの髑髏(どくろ)が描かれている。

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ぼくは、中高時代はキリスト教系のミッションスクールで過ごした。その学校では、定期的なミサや「クリスマスのつどい」といったさまざまな行事が行われていた(クリスマスには、合唱部がよく「ベツレヘムの歌」を歌っていた)。ぼくを含め、多くの友人たちは信仰を持っていたわけではないから、ただ行事に参加し神父さんたちが読む聖書の一節に耳を傾け(多くの中高生には子守歌になっていた)、「今年もこの季節がやってきたか」という知らせを受けている程度の感覚だった。だけど、中高時代という成長の基盤を作る時期にその「教え」の中で生活したことは、少なからず「宗教」や「聖地」といったものに対する関心が醸成されたきっかけだったと思う(現にぼくは今、エルサレムにいる)。


当時は、聖書の一節も学校で感じたキリスト教という宗教も、とても平面的だったけれど、こうやって聖地をめぐることによって少しは立体的なものへと変わった気がする(それは究極的に理解が深まったというわけではなく、公式を暗記して解いていた数学が、公式を導き出してから解けるようになった感覚に似ていると思う)。

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半日をかけて、旧市街をめぐった。光永さんのガイドのおかげで、歴史や文化を学びながらめぐることができた。「明日以降時間があれば、ヘブライ大学も案内しますよ」。その優しい提案に甘えるため、テルアビブに戻る16日までエルサレムに滞在することを決めた。


2018年2月12日 エルサレム Abraham Hostel