【中東・中米旅2018】キューバ/旅行者向け編 『ホセマルティ空港からの移動手段』

【中東・中米旅2018】キューバ/旅行者向け編
『ホセマルティ空港からの移動手段』

旅先で初日に頭を悩ませるのが、空港からの移動手段。宿泊先まで行くのに一番便利なのはタクシーだけど、相場がわからずにボラれるのだけは避けたいですよね。キューバは、この「タクシー問題」をクリアしていたので移動がスムースでした。

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空の玄関口「ホセ・マルティ空港」から、観光地や宿泊先が立ち並ぶハバナの中心部まで、タクシーは一律25クック(約2500円)と決まっています。もちろん、節約のために誰かとシェアをしても大丈夫。空港からは、約20~30分でハバナの中心部に到着します。到着ゲートにインフォメーションセンターもあるので、分からないことがあれば確認もできますよ。

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また、ターミナル2から徒歩5分の場所には、バス停もあります。約40~50分で中心部に到着するのですが、日中は常に満員状態なので慣れていない初日はタクシーで宿泊先まで行くをオススメします。でも、バス料金は1回の乗車ごとに約1円と破格に安いので、帰国の時は重宝しました。

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【中東・中米旅2018】キューバ/旅行者向け編 『インターネット環境』

キューバでも、インターネットは使うことができます。でも、いつもとは使い勝手が違います。

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まず、インターネットの利用は全て「有料」です。公園や広場などのWi-Fiスポットに設置されている「ETECSA」という売店で、1時間有効のユーザー番号とパスワードが記載されたカードを1クックで購入することができます。購入の際は、パスポートが必要なので忘れずに持っていきましょう。街中には、2クックでカードを売りさばく人たちもいますが、この売店で購入するのが一番お得です。

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そして、利用できる場所は公園や広場などのWi-Fiスポットのみ。高級ホテルをのぞく宿では、利用はできません。街を歩いていると多くの人たちがスマホとにらめっこをしている場所がいくつもあり、そこがWi-Fiスポットとなっています。

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LINEやInstagramfacebookなどのSNSはひと通り利用できるので、特に問題はありませんでした。ただひとつだけ困ったのは、ホテル予約サイトの「booking.com」が利用できなかったこと。いくつかのホテル予約サイトからは、現地のインターネット回線を通しての予約ができなかったりするので気をつけておきましょう。

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【中東・中米旅2018】キューバ/旅行者向け編 『通貨』

キューバでは「キャッシュ(現金)」がないと、旅行ができません。200円でおなかいっぱい食べることのできる食堂や、約2円で両手からはみでる大きさのコッペパンを買うことのできるパン屋などのローカルな場所だけでなく、比較的に単価の高い宿やお土産ショップでもクレジットカードが利用できないからです。10日間の滞在で、一度もクレジットカードを利用する機会が無かったほどです。

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そこで「キャッシュ」が必要になるわけですが、少し注意が必要です。キューバには、「Cuc(クック)」と「Peso(ペソ)」のふたつの通貨単位があります。1クック=約100円で、25ペソ=1クックとなっています。

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どのお店でも両方とも使うことができ、ローカルショップではクックの支払いに対して、ペソでお釣りが渡されることもあります。それぞれの通貨の価値が異なっているので、計算には注意しましょう。またローカルショップでは、20クックや50クックといった「大きな紙幣」は使うことができない(相手にお釣りの持ち合わせがない)ことがあるので、あらかじめ「小さい紙幣」にくずしておくか、1クック以下のコインを持っておくと便利です。クック紙幣には「pesos convertibles」と表記があり、これがペソ紙幣と見分けるポイントになります。

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ちなみに、空港やハバナの高級ホテルにある換金所では円やユーロ、米ドルなどからの換金が可能です。ただし、米ドルだとレートがあまり良くないのでユーロを多めに持っておくと便利です。また、空港や街中にあるATMではクレジットカードのキャッシングサービスも利用できますよ。

【中東・中米旅2018】イスラエル編6『ヘブライ大学』

 数日前にエルサレム旧市街を案内してくれた、ヘブライ大学に通う光永(ミツナガ)さんの案内のもと、新市街からバスで10分ほどの高台にあるヘブライ大学のキャンパスを訪れた。セキュリティチェックを通ってキャンパス内へ入ると、玄関に大きな絵が飾られてあった。

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光永「この絵は、1925年の大学設立を記念して行われた式典を描いたものです。たくさんの要人たちが参加した式典なのですが、真ん中で演説している男性は誰だかわかりますか?」

松本「えっと…わかりません(笑)誰ですか?」

「この地(ヘブライ大学のキャンパス)は当時、イギリスの委任統治領だった…ということがヒントです(笑)」

「えっと…わかりません。い、いったい誰なんですか!?」

イスラエル建国の先駆けとして設立された「ヘブライ大学」

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「バルフォアです」

ヘブライ大学の玄関に飾られてある大きな絵は、1925年に行われた大学設立式典が描かれており、中央ではイギリスの外務大臣バルフォアが演説を行っている。「バルフォア」。これは、世界史の近代史分野で耳にする名前。第一次世界大戦中に行われた、イギリスの「三枚舌外交」のひとつでイギリスのシオニストユダヤ人国家建設を推進する人々)を支持した「バルフォア宣言」のその人である。

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イスラエルの建国は1948年です。1925年に設立されたヘブライ大学は、ユダヤ人国家設立の先駆けとして作られました。この大学の特徴は、全授業をヘブライ語で行うこと。ヘブライ語は聖書の言語なのですが、当時は口語としてはあまり使われていませんでした。ですが、ユダヤ人国家設立に向けてユダヤ人の言語を確立しようということで、口語としてのヘブライ語の普及活動が活発になりました。そのため大学設立当時の教授たちは、自分たちでヘブライ語を学びながら、ヘブライ語で授業をしていたんですよ。ちなみに、大学設立後はじめての講義はアインシュタインが“相対性理論”を行いました。もちろん、ヘブライ語で。」

・図書館の「日本語コーナー」

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「あれ、図書館なのになぜか騒がしいですね」

ユダヤ人は本当に議論が好きなので、図書館の一階はディスカッションコーナーになっています。それと、奥の部屋には昼寝コーナーもありますよ。ぼくは、ここを愛用しています(笑)」

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「昼寝、大切ですよ!(笑)中途半端に机に突っ伏して寝るよりも、こうやって昼寝コーナーで横になって寝た方がその後の作業もはかどりそうですし…。あ、日本語コーナーってありますか?」

「ありますよ。ユダヤ人は“本の民”と呼ばれているほどに、読書好きです。この図書館も世界各国の言語の本が所蔵されていて、比較的には少なめですが日本語の本も所蔵されています。つきました、ここです」

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「少ないとはいえ、中東の大学でこんなに日本語の本があるなんて、なんか嬉しいですね。マンガもいっぱいある!」

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「日本語学科もあるので、マンガはその学科がたくさん集めてるんだと思います」

「マンガ以外には、文化人類学社会学、歴史系の本が多いですね。あ、これ(『文化ナショナリズム社会学~現代日本のアイデンティティの行方~』/吉野耕作)は僕の所属している社会学科の先生の本です(笑)こういった内容の本も、多く読まれているんですね」

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・迷路のような内側、要塞のような外側

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「さて、校舎のなかを案内しますね」

「なんか、迷路みたいで迷いそうですね。」

「そう、迷路なんです。この大学のキャンパスは、東エルサレムにあるわけですが、この一帯は時代によっていろんな国家に占領されてきました。そのため今でも“有事”に備えて、内側は敵に不利なように迷路のような造り、外側は角ばった要塞のような造りになっているんですよ」

「“有事”に備えるということが、身近なものだなんて(日本で生活している)ぼくにとってはとても遠くにある感覚ですね…」

「ちょっとここから外へ出ましょう。ほら、要塞みたいな造りでしょう?」

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「本当ですね。角ばった造りになっている…。内側からは外が見えるけど、外からだと内側の様子は把握しづらいですね。それにしても、この大学は景色が良いですね(笑)」

「そうですね(笑)向こう側には、旧市街を一望できる“オリーブ山”がありますが、そこからの眺めとかわらないほどきれいです」

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「これは“杉原千畝”ですか?」

「正解です。知っての通り彼は、在リトアニア大使館で当時迫害されていたたくさんのユダヤ人にビザを発行し助けたので、こうやって写真が飾られています。キャンパス近くには、記念碑もありますよ。それに、彼の息子さんはここヘブライ大学で学ばれていたんです」

「へぇ、それは知りませんでした。こうやって、海外の大学に日本人の写真が飾られてあるのはなんだか嬉しいですね。でも、“日本語コーナー”や“日本人の写真”があるという事実を『嬉しい』と思うこと自体が、図書館にあった吉野先生の本で書かれているようないわゆる“ナショナリスティック”な発想なのかもしれませんが…(笑)」

・大学予科学校

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「大学広いですね~」

「広いです。でも実は、ここはもう大学とは異なる“予科学校”のキャンパスなんです

予科学校?」

「ここは、ヘブライ語の基礎や学部へ入学するための試験勉強をする教育機関になります。もし留学生が、ヘブライ大学の学部で学びたかったら、まずはこの予科学校で勉強しなければいけません。ぼくも1年間通ってヘブライ語の習得に役立ちましたが、学費が100万円をこえるので高い…」

「た、高いですね…。」

「でも、ここの特徴…というかイスラエルの教育機関の特徴は、世界各国に離散していたユダヤ人がイスラエルにやってくるので、学校には様々な母国語を持った学生がいます。だから、友達さえ作れば多言語に接する機会ができて、とても勉強になりますよ」

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・「猶予期間」のある社会

OECDによると、イスラエルの学士取得率(25歳~64歳)は45%(2010年)と、日本の44%(2010年)と変わらない(少しだけ高い)。大学入学前には、高校卒業後に男性は3年間、女性は2年間におよぶ兵役がある。そのため、学生の年齢層は日本と比べると少し高くなっている。そして特徴的なのが、兵役終了後に約1年間の「猶予期間」がある文化。兵役中に給与(役職によって異なるが、軍隊に所属している時は散財するタイミングがあまりないめ、ある程度の貯蓄になるらしい)を受けていることもあって、多くの若者がこの期間で海外旅行をすることが恒例となっている。こんな社会的義務や猶予があるため、大学院生ともなるとグンと年齢が高くなるようだ。そんなワケもあるのか、ヘブライ大学にはいわゆる「サークル活動」みたいなものは少なく、多くの学生が年齢的にも精神的にも落ち着いた学生生活を送っているらしい。

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2018年2月22日 羽田空港国際線ターミナル

【中東・中米旅2018】イスラエル編5『パレスチナ自治区ベツレヘム#2』

女子学生たちの会話は、止まらない。おしゃべりのふしぶしで、ヒソヒソ話がはじまったり、スマホを手に取り“自撮り”に夢中になっている。かれこれ1時間、放課後のガールズトークはノンストップで続けられている。

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日本やイスラエル、そしてパレスチナ自治区でも、カフェでは同じような光景が広がっている。

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ベツレヘムの町をひと通り見て回り、最後に「ベツレヘム大学」へ向かった。車が出入りできるような大きな門は閉ざされていて、その脇にある一人分の大きさの出入り口だけが解放されていた。「ヒジャブ」で頭髪を覆ったムスリムの女子学生たちにまぎれて入ろうとすると、ぼくを止める以外に特にやることがなさそうな高齢の警備員たちに止められた。

「Hey~、Stop~」

彼らは座ったまま(立ち上がる気はいっさい無さそうだった)、ぼくの様子をうかがっていた。彼らの様子を見て「これはイケる」と思った。こういうとき、魔法のフレーズがある。

「I’m a student」

ポイントは、「自分はこの大学に興味がって、はるばる日本から訪れた学生です。少しで良いので、中をのぞかせてはくれないだろうか」という意味も含ませて伝えること。そして、手にはノートとペンを持っておくこと。

「Oh…Just 5minutes」

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大理石でできたホテルのようにきれいな校舎の中では、学生たちがそれぞれの昼休みを過ごしていた。階段に座って本を読み、ベンチでお昼を食べ、久しぶりに会った友達に抱きついて騒ぎあう。そこには、東京の四谷キャンパスで4年間みてきたものと変わらない学生生活があった。

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きっと、15分くらい見学しても問題なかったのだろうけど、あまりにもぼくがそのキャンパスにいることが不釣り合いだったので、ぴったり5分でキャンパスを出た。そして、隣にあったカフェで昼食をとっていると、そこでもまたぼくの知っている学生生活がくり広げられていたのである。

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2018年2月15日 エルサレム へブラ大学図書館

【中東・中米旅2018】イスラエル/旅行者向け編『イスラエルの観光ビザ』

 意外と行きやすい国なんです、イスラエル

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海外へ旅行に行くとき、事前準備で一番面倒なもののひとつが「観光ビザ」の申請です。これはパスポートの他に、その国へ滞在するための証明書のようなもの。EUや中国などの国は、ビザが無くても滞在可能ですが(一定の日数を超える場合は必要)、国によっては事前の申請が必要となります。アメリカ、インド、キューバなど、これまで数か国の観光ビザの申請を体験しましたが、毎回この準備をはじめると、「行くのやめようかな」と思うくらい億劫な気持ちになってしまいます(アメリカが一番面倒で、キューバが一番スムースでした)。

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今回も、「どうせイスラエルのビザ申請ってややこしいんでしょ?」と思ってGoogle検索をしたところ、結果はこんな感じ。

日本国籍の方は、90日以内の観光等の目的とした滞在であれば、事前のビザの取得は必要ありません」イスラエル大使館HPより)

あっぱれ、イスラエル。なんて旅行者に優しい国。ただし、ひとつだけ注意しておきたいことがあるようです。基本的に、観光ビザのスタンプはパスポートの「査証」のページに直接押されます。でもイスラエルスタンプがあると、シリアやレバノンなどイスラエルと国交のない一部のアラブ諸国には、入国できなくなってしまいます。そのため空港の入国監査では、パスポートにスタンプを押すか、観光ビザを別の紙に印字するか聞かれるので、気をつけておきましょう。また、監査役によっては、はじめから別の紙に印字をする人もいるみたいです。

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ちなみに、入国監査をスムースに通り抜けるポイントは、「清潔感」「ほどよい笑顔」「落ち着いた態度」の3点セットです。長時間のフライトの後で疲れているかもしれませんが、顔を冷水で流し、頭髪を整え、乾燥した肌にクリームをぬってから挑みましょう(とはいえ、そんなに緊張しなくても問題なく入国できるはずですよ)。

【中東・中米旅2018】イスラエル編4 『パレスチナ自治区ベツレヘム#1』

毎年、宮城県女川町で詩人・高村光太郎の朗読会が開催されている。去年の夏、就職活動に行き詰っていたぼくは「詩でも朗読してみよう」と思って東北へ足を運んだ。朗読する詩を決める必要があったので、新宿の紀伊国屋書店高村光太郎を探していた。結局、ぼくを誘ってくれた方の薦めもあって『道程』を朗読したのだけれど、詩集『智恵子抄』にはこんな一節があった。


“冬の朝なれば ヨルダンの川も薄く氷たるべし”

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「ヨルダン」。どこか聞いたことのある、異国の地の響きがした。ヨルダンの川とは、ヨルダンとイスラエルパレスチナ自治区の国境として、シリアのゴラン高原から死海に流れているヨルダン川のことらしい。当時、ぼくには関係のない遠い国について詠んだ一節だと思っていた。でも、それから半年。ぼくは、そのパレスチナ自治区を訪れている。

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渋滞もあって、エルサレムから約1時間バスに揺られるとパレスチナ自治区ベツレヘムに到着した。バスから降りると、数名のタクシーの運転手たちが近寄ってきた。タクシーで観光スポットに連れて行ってやるという勧誘なのだが、ベツレヘムでは町歩きすること自体に関心があったので断った。彼らはしつこくついてくるかと思いきや、思いのほかさっぱりとしていて、メインの「聖誕教会」までの道のりをぼくに告げると去っていった。Maps meでダウンロードしておいた地図と、運転手たちの言葉を照らし合わせて、人の集まる声が聞こえるアラブ市場スークへと歩いていった。

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町の中心にあるメンジャー広場からは、イエスが誕生した場所とされている「聖誕教会」が見える。きっとこの教会も、あの「ベツレヘムの歌」の歌詞のなかに登場しているはず。制服を着ていたころの記憶を思い返しながら、「謙虚の扉」とよばれる小さな扉から中へと入った。

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ベツレヘムは、ぼくにとっては少しだけなじみのある場所だった。ぼくが通っていた中高では、毎年「クリスマスのつどい」とよばれる行事が行われていた。そのなかで、合唱部が歌う曲のひとつに「ベツレヘムの歌」という一曲があった(正式な曲名は覚えていない)。中学1年生のころにはじめて聞いたその曲は、「ベツレヘム」という地名を何度もくり返す歌詞が印象的で、ずっと覚えていた(おそらく黒い羊が登場する曲だったと思う)。だから、イスラエル行きの航空券を購入したときに、エルサレムベツレヘムには何があっても行きたいなと思っていた。

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そして、ベツレヘムでも訪問したい場所があった。(つづく)

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2018年2月15日 エルサレム Abraham HOSTELS